科学史上最大のねつ造「シェーン事件」と
酷似する小保方事件

 科学における史上最大の捏造として有名なのは、米国の名門ベル研究所で起こった「シェーン事件」である。

 当時ベル研にいたヘンドリック・シェーンが、2000年から2001年にかけて高温超伝導に関する論文をネイチャー誌やサイエンス誌に次々と発表したが、後にデータが捏造であることが判明し、全て撤回された事件である。

 シェーン事件と小保方事件は、いろいろな点で酷似する。シェーンは当時若干30歳ながら傑出したスター級の科学者という扱いを受け、一時はノーベル賞の受賞も確実と言われたほどであった。小保方氏も奇しくも同じ30歳であり、若くしてわが国で最も権威のある理化学研究所のユニットリーダーとなっている。それに加えて、「リケジョ」と称される今時の女性科学者と言うことで、シェーン以上にメディアで騒がれる素質は十分であった。さらにシェーン事件がベル研という世界屈指の研究所で起こったことも、今回の事件の舞台が理研であることと符合する。ちなみに、この事件の後、ベル研は一部を除いてほとんど全てが閉鎖された。

船が沈没したため
証拠を提出できない!?

 シェーンによる捏造が発覚したのは、やはりデータの切り貼りと使い回しである。ある科学者が、シェーン論文の異なる図中のノイズが同一であることに気づきネイチャー誌に連絡したが、シェーンは「誤って同一の実験のグラフを提出してしまった」と単純ミスを主張した。しかし他の図にも、またしても同じノイズが見つかった。調査委員会は生データの提出をシェーンに要求したが、研究所のノートには記載がなく、元ファイルは彼のコンピュータから消去されていた。実験サンプルも提出されることはなかった。

このような言い訳は全ての捏造家に共通したものである。ノートは紛失した、コンピューターは壊れた、実験サンプルを保管していた冷蔵庫は爆発した、等は普通で、もっと凄いのは、実験サンプルを積んでいたコンテナが海に沈んで回収不可能になった、なんてスケールの大きなものもある。

 シェーンは当時、ベル研以外にドイツの大学にも研究室を持っており、それらを往復していたが、これも小保方氏が理研とハーバードを背景として事件を起こしたことと酷似している。複数箇所で研究を行うことによって、それぞれの場所において捏造が発覚しづらい環境ができ上がるのだろう。総じて今回の小保方事件は、シェーン事件のデジャビュを見ているが如しである。

 この事件の詳細は、取材にあたったNHKの村松秀氏による『論文捏造』(中公新書ラクレ)に詳しい。

 私は日本分子生物学会で「アンチ捏造」の委員会を主宰しているが、日本の生命科学は毎年のように大規模な捏造事件が発生している。決して小保方事件だけが突発して起こったわけではないことも付け加えておきたい。