STAP細胞はUFOと同じ。
「悪魔の証明」は不可能だ

 今回の事件が特異なのは、科学的な事件に一般の人々が興味を持ったことであろう。町中でのインタビューでは「研究不正よりも、STAP細胞が実在するかどうかが問題だ」という意見が多いことに、正直ビックリする。

 今回の事件では、「研究不正があったのかどうか」と「STAP細胞が実在するのかどうか」の二つの点が混乱して取り扱われているが、それは全く違うイシューである。論文に不正があった時点で、「STAP細胞は存在するのか」と問うこと自体が無意味なのだ。

 例えば「UFOを見た」と主張する人が差し出した証拠写真が、タライを糸でつり下げたようなチープな合成写真だったら、その人がUFOを見たという主張を信じる人はいないだろう。UFOはどこかに実在するかもしれないが、それとこれとは全然違う次元の話である。UFOがいるという証明は、本物の証拠が一つあればいいが、UFOがいないという証明は宇宙空間を全てくまなく探さなくては結論できない。

 STAP細胞の作製も、何億回失敗しても「ない」とは言えない。こういうのを「悪魔の証明」といい、現実的にはほぼ不可能な証明なのである。

 イギリス出身の哲学者、カール・ポパーは、このように「反証が不可能」な問題は、既に科学ではないと述べた。

 UFO議論は、現時点では科学ではないし、ネッシーも雪男も同じだ。STAP細胞も、現時点では科学ではなく、オカルト(似非科学)の範疇にあると言っていい。今からSTAP細胞の実在を証明する実験をするというのは、「雪男を探しに行け」ということと同じことなのだ。それを自腹を切ってやるならともかく、国民の税金を使って理研で行うというのだから、開いた口が塞がらない。

 科学者というのは厳密さの世界に生きているので、可能性がゼロでない以上、「UFOはない」と断言することはできない人種である。正確性を期すが故に、科学者は「UFOがあるという証拠はないが、絶対に否定することもできない」というような持って回った言い方をする。しかし、それでは世間はなかなか理解してくれない。小保方氏のように「STAP細胞はありまぁす」と断言した方が世間には受けるのである。全く根拠がないにもかかわらず、である。