麹町経済研究所のちょっと気の弱いヒラ研究員「末席(ませき)」が、上司や所長に叱咤激励されながらも、経済の現状や経済学について解き明かしていく連載小説。今回は、QE(量的緩和)について。(佐々木一寿)
「不況が深刻になってデフレになると、政策金利を0%にしてもなかなか景気浮揚の効果が出なくなってしまうこともでてきて、そのときは実質金利をもっと下げるべくインフレ率を少し上げることで、実質金利を0%よりも下げたほうがいい、ということはわかりましたが」
経済学部に進学予定のケンジは、前回の内容を頭のなかで整理しながら疑問を発する。
「それって、言うほど簡単にできるものなんですか?」
けっこう鋭いところを突くじゃないか、レクチャー役を買って出ている末席研究員は、若者の進化の速さに驚きながら答える。
「まあ、なかなか、ね…」
ケンジの叔父の嶋野主任研究員も応じる。
「おカネを(中央銀行が)ただ出しているだけだと、なかなかね、効果の波及も遅々としてしまうんだ」
ケンジは悩ましげに言葉を絞り出す。
「そんなんじゃ、QE大作戦、絵に書いた餅だって言われちゃうよ…」
ケンジの、空理空論ではないかという素朴な疑問に誠実に応えるべく、末席は口を開く。
「よく、『糸を引っ張ってモノは動かせるけれど、押してもモノは動かせない』ともたとえられることがあるんですが、金融引締めは容易にできるけれど、金融緩和はなかなか思いどおりにはいかない、という主張もあるんですよ*1」
*1:実際のことで言うと、日本ではマネタリーベースを2013年3月末から6月末までに21.4%増やしたが、マネーサプライの伸びは1.4%(M3)という結果となっている。この程度のマネーサプライの伸びはマネタリーベースの増分の影響として見るには小さすぎる、あるいは、たまたまなのではないか、という意見もある。
怪訝そうなケンジの顔色を気にしながらも、末席は根気よく説明を続ける。
「実際、そういう傾向はあるんだと思います。ただ、それはどの程度なのか、そして、それはなぜなのか、を見ていく必要があるんだと思います」
よーし、空論じゃないというのであれば、じゃあ聞いてやろうじゃないの、というケンジの表情にプレッシャーを感じながらも、ここが耐えどころと念じて末席は続ける。
「たとえば、中央銀行が金融緩和をしたとします。さて、そのおカネ、どこに行くでしょうか」
「……(どこだろう?)」
ケンジの心の声に耳を傾けつつ、必ずしも答えを期待していなかった末席は、それに自分で答える。