メディア・イベントを成立させた3つの「舞台装置」

 テキストを精査して言えるのはここまでだ。もしかすると、情報の「送り手」たる朝日新聞の担当者は、こう弁解するかもしれない。「9割の所員が吉田所長の命令を知ったうえで敵前逃亡した」という印象操作の意図はなく、それは「受け手」(読者・他報道機関)の深読みだ、と。

 しかし事実として、その情報の「受け手」(読者・他報道機関)は「特定の印象」、すなわち「9割の所員が吉田所長の命令を知ったうえで敵前逃亡したという印象」を持っていた。これは偶然ではない。今般のメディア・イベントが成立するいくつかの要因、つまり「舞台装置」があった。そのうえでなされる「送り手」と「受け手」の相互コミュニケーションが、一つのメディア・イベントを成立させたのだ。では、いかなる舞台装置があったのか見ていこう。

 その一つは、当時、受け手の中に「9割の所員が吉田所長の命令を知ったうえで敵前逃亡した」という印象が成立するバイアスがかかりやすい状況があったということだ。それが重要な「舞台装置」となった。具体的に言えば、「セウォル号事件」が国際的なニュースになっていたことが大きい。

 吉田調書のスクープが始まった5月20日当時、4月16日に沈没した大韓民国の大型旅客船「セウォル」(世越)のニュースはピークを越したものの、まだ多くの人の脳裏に焼きついていた。沈没した船の船長らは我先にと逃げ、乗客を見殺しにし、運営上の様々な不手際も明るみに出て、政府が激しい避難を浴びていた。そこに「所員が命令違反し撤退」と煽り立てることは、仮に「送り手」(朝日新聞)には何の意図もないと主張したとしても、「受け手」(読者・他報道機関)がそのような認識に至るバイアスがかかりやすい状況を生んだことは確かだろう。

 読売新聞等の検証記事では、韓国でソウル新聞が「福島の事故でもセウォル号の船員たちのように…」、国民日報が「日本版のセウォル号事件と注目されている」と伝えたことが書かれている。明らかに「セウォル号事件」を「福島第一原発ネタ」とパラレルに捉え、「日本版セウォル号事件」として認識していた。

 これは韓国だけではない。同じく読売新聞等の検証記事内では、米紙ニューヨーク・タイムズが「命令に反し、パニックに陥った所員は原発から逃げ出した」と述べるなど、海外メディアが一斉に「福島第一原発の9割の所員が現場を放棄し、約10キロ離れた福島第二原発に逃げた」と報じたことを指摘している。

 事実として、他国においては「福島第一原発の所員は敵前逃亡した」という誤った社会的リアリティが構築されていったのだ。そして、言うまでもなく、国内でも同様に「9割の所員が吉田所長の命令を知ったうえで敵前逃亡した」という認識がもたらされ、先述の通り、いくつかの雑誌や何人かのジャーナリストがその誤りを指摘するに至った。

 ただ、それではやはり「送り手」たる朝日新聞はそこまでは言っていない、「受け手」が勝手に偏った認識を持っただけだ、という話も出てくるかもしれない。しかし、それは明らかに違っている。それがもう一つの大きな「舞台装置」である、「都合のいいイデオローグ」(理論家)の活用だ。

 先に述べた通り、吉田調書スクープの記事だけならば、もしかしたら「言い逃れ」をできる余地はあったかもしれない。「9割の所員が吉田所長の命令を知ったうえで敵前逃亡した」は「受け手」(読者・他報道機関)の勝手な誤解だ、と。しかし、そのような言い訳は通じない。「送り手」たる朝日新聞の紙面の中に、そのような論調をつくる動きは確実にあったからだ。

 例えば、社会学者の小熊英二は、6月10日の朝日新聞夕刊において、吉田調書スクープを受け「(思想の地層)法の支配と原発 残留の義務、誰にもなかった」という意見記事を書く。それは「福島第一原発の所員の9割が敵前逃亡した」という事実を無批判に措定しつつ、「法の支配」「あるべき民主主義」「原発の再稼働の是非」などについて崇高な理念を論じようとするものだ。

 しかし、吉田調書スクープ記事のコメント部分をバイアスを持たずに追えば、前提となる「福島第一原発の所員の9割が敵前逃亡した」と解釈すること自体に無理があった。事実、先述の通り、この時点ですでに吉田調書スクープへの疑問を提示する媒体・論者はいる。にもかかわらず、曖昧な事実を精査することもなく「結論ありきの理屈付け」がなされ何百万というその読者に誤った印象をつけた。

 このように「曖昧な事実」も「都合のいいイデオローグ」とセットにすることで、あたかもそれが真実であるかのように社会的リアリティが立ち上がることは、しばしばある。それは、原発事故後「御用学者」と呼ばれるようになった人々を思い浮かべればいいだろう。原発推進を前提とした安全神話イデオロギーを正当化するために、「曖昧な事実」であろうとも、「結論ありきの理屈づけ」をする「都合のいいイデオローグ」が原発事故の前提を整えた。そして、3.11を経て、原発推進から脱原発へとイデオロギーを反転させつつも、入れ替え可能な構造がそこに生まれていた。

 今回の誤報・歪曲の成立に加担した「都合のいいイデオローグ」の責任は極めて重い。朝日新聞幹部は記者会見をして責任を取ろうとしたが、「都合のいいイデオローグ」はこのままだんまりを決め込むだろう。しかし、彼らのような影の立役者がいてこそ、このメディア・イベントが成立したことを見逃してはならない。当然、「知らなかった」では済まされる問題でもない。

 これをどう評価するかは人によるだろう。「脱原発のイデオロギー実現のためには、多少の事実の捻じ曲げも構わない」と牽強付会を肯定する人もいるだろうし、「やはり、公正に議論する前提を作らなければ自由な社会の実現は遠ざかるのではないか」と懸念する人もいるはずだ。いずれにせよ、歪んだイデオロギーの実現にしたり顔で加担する「都合のいいイデオローグ」を支えるのは、メディア以上にオーディエンスだ。社会に害悪を与えるまがい物の「都合のいいイデオローグ」が生まれないようにするためには、オーディエンス自身が変わらなければならない。

 最後の「舞台装置」は、「受け手」の持つ「吊し上げ・糾弾」願望だ。それは、とりわけ福島第一原発事故後、政府・東電に対するはけ口の一つが向けられてきたものであるし、インターネット上の議論のなかで増幅されてきたものだとも言えるかもしれない。

 今回の吉田調書問題について、公開された記事の「内容」自体についての言及に比べ、その公開の「形式」について触れる議論は少ない。しかし、吉田調書は通常の新聞記事とは違って、特殊な「形式」の中で公開された。

 スクープ記事は、通常の新聞紙面での展開だけでなく、オンラインでもセンセーショナルに展開された。メールマガジン等での事前告知や、ビジュアルを重視して特殊なつくりをしたWebによる大々的キャンペーン。それは狙いどおり相当な「バズり」(ネット上での拡散)を生み、震災から3年が経って久方ぶりの「原発の脅威」「東電のどうしよもなさ」を煽り得るネタとして、体よく「吊し上げ・糾弾」願望を満たした結果でもあった。

 朝日新聞をかばうつもりはないが、こうしたオンライン展開自体は決して悪いものではない。むしろ、新しいジャーナリズムを見据えた先取り精神にあふれる取り組みだった。詳細は省くが、ここで用いられた手法は、オンライン・ジャーナリズムの先端的な手法である、データ・ジャーナリズムやイマーシブ・ジャーナリズムと呼ばれる系譜に並ぶものである。アメリカの大手メディアでは、この手法を用いながら、権威あるジャーナリズムの賞である「ピューリッツァー賞」受賞などの実績も出し始めていた。

 朝日新聞でもそのような世界の最先端に並ぼうと、2013年にメディアラボを社内につくるなど、様々な挑戦を進めているところで、今回の展開にはそういった「攻め」の側面があったと言えるだろう(木村伊量社長はメディアラボを「既成概念にとらわれない自由な発想で、寝てもさめても世の中をあっと言わせる新商品開発に熱中し、大胆な企業買収や事業展開を考えるための部門」としていた)。

 その点では吉田調書スクープは訴求力があったし、インターネットとジャーナリズムの新たな関係の扉を開く可能性を含んだものであった、と評価することもできる。ただし、報道の「形式」は高く評価できるものであっても、その記事の「内容」に問題があったが故に、このような結果になってしまったのは残念だ。

 朝日新聞は、同様の手法を使って浅田真央のソチ五輪での演技と足跡を記事にした「ラスト・ダンス」と同時に、「吉田調書」についても新聞業界で権威を持つ「新聞協会賞」に応募していたという。有効な技術自体が悪いわけではないし、それを支える若手スタッフたちもこのような記事の歪曲、その背景にある大衆的な「吊し上げ・糾弾」願望へのおもねりを知らなかったのではないか。だがいずれにせよ、素晴らしい技術が、結果的に悪い形で効果を発揮してしまったのは確かだろう。

 かくして、記事のテキスト自体や「送り手」のみがこの前代未聞のメディア・イベントを成立させたわけではなく、「受け手」の置かれた状況、イデオロギーとイデオローグ、テクノロジーといった社会背景も関わりながら、これは起こったのだ。

 そうして見たときに、吉田調書問題の根底にあるものは、「吉田調書だけの問題」ではなく、ジャーナリズムとは何か、あるいはそれを支える学問や批評、IT等はいかにあるべきなのかを考える、極めて現代的な問題だと見ることもできるだろう。