空腹感は「遺伝子スイッチ」でコントロールできる?

 10年ほど前に、満腹感を調節する新しいホルモンがいくつか発見されたが、これまでのところ、空腹感をコントロールするホルモンは、グレリンしか見つかっていない。当然ながら、グレリンのタンパク質をコードする遺伝子が、わたしたちの体内には存在し、空腹を感じはじめるタイミングやその強さは、その遺伝子の影響を受けているはずだ。

 標準的な双子は、体内のグレリンの量が似通っているはずなのだが、一方が太っていて、もう一方がやせている一卵性双生児では、その量は著しく異なっていた。それは、太ったせいで体内環境と食生活が変わり、グレリン遺伝子の発現量が変わったのかもしれないが、もしかすると、体型の差が出る前、つまり子ども時代に、まずグレリン遺伝子が変化したのかもしれない。残念ながら研究者は彼らの幼い頃のDNAサンプルを持っていないので、本当のところはわからない。

 遺伝子は、おそらくエピジェネティックなメカニズムによって、グレリンの量に影響しているのだろう。この研究は、一部の人は食生活の変化に対して、「遺伝的に」より敏感であることを示唆している。つまりその人たちは、カロリーの増加や減少に、他の人より敏感に反応する遺伝子を持っているのだ。

 ダイエットビジネスは金になる。そして、ビジネスは、科学より遅れているわけではない。すでにアシリン・セラピューティクスという企業が、大ヒットが期待されるダイエット薬を開発している。それは「GOAT(グレリンO‐アシルトランスフェラーゼ)阻害剤」で、ヒストンのアセチル化というエピジェネティックな作用により、グレリン遺伝子の発現を抑制してグレリンの量を減らし、空腹感を抑え、ひいては肥満を防ぐとされている。

 これがうまくいくかどうかはまだわからない。また、肥満遺伝子を静めることに副作用があるかどうかもわからない。しかし、試してみる価値はありそうだ。

 ところで、あなたが食べすぎて余分な脂肪が増えると、その脂肪を体のどこかに――皮下、内臓まわり、お尻、腿などに――割りふりしなければならないが、新たに発見されたISR1などを含む16種以上の遺伝子がそれに影響していることが、最近わかった。

 体のどこに脂肪がつくかは、人によって大きく異なる。女性なら、マリリン・モンローのような洋ナシ型の人もいれば、ドーン・フレンチやロザンヌ・バーのような丸々としたリンゴ型の人もいる。それらの遺伝子の発見を報じる新聞記事には、ケイト・モスなどのモデルの写真が載ったが、彼女らはどこにも脂肪などついておらず、果物に喩えるのは難しい。むしろ、アスパラガスと言ったほうがよさそうだ。

 このような遺伝子は、肥満のメカニズムを理解するうえでは役に立つが、近年の肥満の急増や、一卵性双生児の体重の違いを説明するわけではない。

 最近わたしたちは、被験者である双子たちが親切にも提供してくれた、臍の下のひとかけらの脂肪組織を利用して、ミューサー・コンソーシアムの仲間とともに、肥満の新たなマスター調節遺伝子(主要な働きをする遺伝子)、KLF14を発見した。このマスター遺伝子が糖尿病やコレステロールと関係があることは、以前からわかっていた。わたしたちは、それが他の多くの遺伝子の発現やふるまいに影響し、間接的に、BMIや血糖値を左右していることを発見したのだ。

 KLF14遺伝子は変わっていて、母親から受けついだものだけが機能する。誰もが両親からすべての遺伝子のセットを受けつぐが、KLF14の場合、父親からもらったコピーはスイッチがオフになり、母親からのコピーだけが発現するのだ――これは、極端なエピジェネティック作用、「刷り込み」の一例である。加えて、肥満遺伝子のFTOもエピジェネティックに変化することから、肥満や糖尿病、代謝に関して、エピジェネティックな作用が鍵を握っていると考えてよさそうだ。

(続く)

※本連載は、『双子の遺伝子』の一部を抜粋し、編集して構成しています。


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