だからやっぱり、テレビのニュースを見ながらもう一度思う。なぜこれほどに無慈悲なことができるのか。なぜこれほどに自己中心的に振る舞えるのか。なぜこれほどに残忍なのか。いったいどんな人たちなのか。でも答えは同じ。実際に会えば普通の人たちだ。だから思考はくるくると回るだけ。

 でも回転は時おりスピンオフを起こす。過去の記憶を唐突に再現する。このときに思い浮かべたイメージは、数年前に訪ねたアウシュヴィッツ・ビルケナウ博物館で見た数枚のイラストだ。

膨大な被虐の展示にひたすら圧倒された

 アウシュヴィッツ・ビルケナウ強制収容所をそのままに残す広大な敷地内を歩きながら、眼にする膨大な被虐の展示に、僕はひたすら圧倒されていた。輸送されてきたユダヤ人たちが手にしていたスーツケースや靴や眼鏡。子どもたちの玩具や服。ガス室に送り込まれる前に切られた女たちの髪。彼らを殺害した毒ガス「チクロンB」が充填されていた空き缶の山。

 これらの物量が半端ではない。たとえば女たちの髪は、大きなガラスの向こう側のスペースに堆く積まれている。何千(もしかしたら何万かも)人分のボリュームだ。どこまでも続く鉄条網。毎日のように生体実験がくりかえされた手術室。最後に押し込められたコンクリートのガス室。そして厖大な数の遺体を焼いた焼却炉。

 広大な施設内を、歩いたり立ち止まったり見つめたり肩で息をついたりしながら、少しずつ息苦しくなってくる。気がつけば吐息ばかりをついている。ここにあるのは圧倒的な無慈悲さであり、あり得ないほどの不条理だ。

 多くのユダヤ人が銃で処刑された「死の壁」では、当時の処刑の様子が、壁に掲示されたイラストで再現されている。収容されていたユダヤ人が監視の目を盗んで描いたスケッチだとの説明が、横に英語で添えられている。たった今銃殺されたユダヤ人の遺体を囲むSSの将校たち。幹部クラスは葉巻を咥えたり笑ったりしている。ガス室送りを意味する指のサインを出している将校のスケッチもあった。その雰囲気がほんとうに憎々しい。まるで悪魔の化身のごとく描かれている。