――日本の閣僚は、「領土問題は存在しない」と繰り返し発言しています。今になって「領土問題がある」とは言えないのではと思います。先日、毎日新聞が、島の問題を巡って日本が「中国は独自の主張をしていることは承知している」と表明する、という案を日中間で協議していると報じました。これは先生のおっしゃる、蓋をする、ということと合致するのでしょうか。

 表現を巡って、どう合意するのかというのはわからないです。毎日新聞が報じた内容は、ひとつの知恵だと思います。

 大切なのは、島の問題を発火点にしないということです。島の周辺で、衝突が起きないようにコントロールすること、これがポイントです。

 実際に日中は漁業協定の運用において、島をめぐる問題をコントロールすることはできています。島の周辺の12海里は領海ですから、漁業協定でも領海のなかには触れない。領海周辺の海域は良い漁場なので、日中の漁船は毎年たくさん操業しています。そこでは、共同管理が行われています。

 漁業資源のこともあるので、漁船が来すぎないようにコントロールしたり、問題を起こしたときの対処も、コントロールして、ルールがあります。たとえば中国の漁船が問題を起こしたときは、中国の当局が管轄する。逆に日本の漁船が問題を起こした場合は日本の当局が管轄する。すなわち、島を巡ってのお互いの主張があることを前提に、共同管理しているわけです。

 もし、日本が領有権を前面に出しているなら、中国の漁船が問題を起こしたときに、中国の当局が管轄するというルールにはしないはずです。共同管理ということ自体もできないでしょう。

――先ほど先生は「経済や文化交流を大きくしていき、島の問題を相対的に小さなものにすることが解決のひとつの方法だ」という、日中両国の先人たち、かつての指導者らが考えた話を紹介されました。漁業協定も、ある意味、共同管理で両国がメリットを大きく育て、領有権という問題を相対的に小さなものにしていこうというものなのでしょうか。

 相互依存がもっと大きくなれば、島は両国にとって「とるに足らないもの」というものになるかもしれません。誰も住んでいないですし。そうすれば、先ほど申し上げたような、両国の余裕が再び出てくるでしょう。

両国が失った“余裕”
高まるナショナリズム

――両国間の関係改善へ向けた障壁として、先生はナショナリズムの高まりについて指摘されました。

 この100年間で見れば、日中両国には常にナショナリズムが存在しました。中国は20世紀前半、欧州諸国や日本などに領土を奪われていた。国が滅んでしまうという危機感から、ナショナリズムが高まったという歴史があります。日中戦争がきっかけで、全中国にナショナリズムが盛り上がりました。

 現在は、中国は戦争の被害者であるという意識がベースとなって、「戦時中は多くの国に虐められたが、今度はわれわれが主張する番だ」という思考になっています。そこに経済の急成長という上昇期が結びついて、ナショナリズムが高まっているのだと思います。