オタクの腐女子を描いた青春映画『ぼんとリンちゃん』がいま話題を呼んでいます。意外なことに、監督の小林啓一氏は51万部のベストセラー『嫌われる勇気』を読んで自作への自信を深めたそうです。一見、まったく無関係に見えるオタク映画とアドラー心理学の入門書にはどのようなつながりがあるのでしょうか? 小林監督と岸見一郎氏の徹底対談を2度にわたってお送りします!
『嫌われる勇気』と
『ぼんとリンちゃん』に通底する部分
岸見一郎(以下、岸見) 小林さんとの出会いは今年の春先でしたね。監督をされた『ぼんとリンちゃん』のパンフレットに原稿を書いて欲しいとの依頼を突然頂いたのです。
映画監督。1972年千葉県生まれ。明治大学政治経済学部卒業。テレビ東京の「ASAYAN」ディレクターを経て、ミュージックビデオに進出。DA PUMP、DREAMS COME TRUE、ミニモニ。などの作品を監督。「アイフルホーム」などのCMディレクターを経て『ももいろそらを』(2013年)で長編映画デビュー。同作品は第24回東京国際映画祭の「日本映画・ある視点部門」最優秀作品賞を受賞。第50回ヒホン国際映画祭では日本映画初のグランプリを受賞。第28回高崎映画祭でも新進監督グランプリを受賞するなど数々の映画賞を受賞した。世界最大のインディーズ映画祭であるサンダンス映画祭のシニアプログラマー、ジョン・ナインからは「日本映画の新鮮で革新的な監督の誕生」と絶賛された。監督第2作となる『ぼんとリンちゃん』は現在日本各地で絶賛上映中。
小林啓一(以下、小林) 『ぼんとリンちゃん』は、オタクのいわゆる「腐女子」と言われる女の子を主人公とした映画です。主人公はぼんちゃんという女子大生で、彼女と幼なじみのリンちゃんが親友を東京に救い出しに行くという話です。その親友は彼氏からDVを受けていて連絡が途絶えてしまった。最終的には見つけ出すんですが、彼女は風俗嬢になっていることがわかり、懸命に説得して連れ帰ろうとするんだけれど……という。
岸見 あの説得のシーンはとても印象的ですね。
小林 ありがとうございます。ただ、主人公ぼんちゃんの振る舞いがけっこう傍若無人に見えるようで、試写を観た人から「この主人公の気持ちがまったくわからない」的なことを言われました。僕はそういうつもりで作っていないので悩んでいたとき、書店で岸見先生の『嫌われる勇気』を偶然手に取ったんです。立ち読みで最初の数ページを読んだとき、「あ、これだ!」と思って買って一気に読んだところ、自分が映像で表現したかったことが文章ですごくわかりやすく書かれていた。この本に出てくる「哲人」なら、主人公のぼんちゃんの気持ちをわかってくれるはずだと思いました。そこでプロデューサーを通じて、岸見先生に解説を書いて頂けないかと連絡を差し上げたのです。
岸見 その頃はまだ『嫌われる勇気』への取材も今ほど多くない時期だったのですごく驚きました。作品のサンプルDVDも送っていただいたものの、「さぁ、どうしようかな」と。書評はしたことがありますが、映画評なんて初めてでしたから。それでとりあえず観させて頂いたところ、ぼんちゃんに打ちのめされてしまった(笑)。実に魅力的な作品でした。そこで、かなり時間は掛かったものの「夢見る人ぼんちゃん」というエッセイを書かせていただいたわけです。
小林 あの原稿は本当にありがたかったです。それまでは自分としても不確かなまま映画を作っている部分がありました。感覚的にはわかっていても、説明できないから映画にしていたわけです。ところが岸見先生に頂いた文章を読んで「あ、自分はこれが言いたかったんだ!」と(笑)。とくに「鳥は真空の中では飛べない。空気の抵抗があって初めて飛べる。この抵抗をぼんちゃんは『制限』という言葉で説明する。生きることは苦しみであるという現実である。しかし、苦しみがあってこそ喜びがある。ちゃんと生きるというのは苦しさが前提であり、この苦しさは死ぬまでずっとついてまわる。そう、ぼんちゃんは考える」という部分を読んだときは、本当にしばらく鳥肌が治まらない状態でした。何かを成し遂げるためには抵抗があって、これはもう受け入れるしかないのだと。