中国が靖国参拝を
問題視する背景とは

 そもそも、中国は歴史認識問題をなぜこれほど大きな問題とするのか。

 中国では日本に対して「二分論」という考え方がある。これは1972年の日中国交正常化に際して、当時の周恩来首相と中国政府が人民を説得するために考え出した、プラグマティックな考え方だ。

 日本の侵略によって大きな被害を受けた中国国民の中には、日本との国交正常化を前に、日本政府から賠償を得るべきだ、という考え方があった。しかし中国政府は、長期間に及ぶ可能性があった賠償金交渉を続けていくことは、その後の対等な日中関係を結ぶ障壁になると考え、賠償金を受け取らないことを決めた。

 そこで問題になるのが、中国国民の対日感情をどう収めるかということだった。そこで、「侵略を主導したのは一部の軍国主義者である指導者であり、多くの日本国民に責任はない。むしろ中国を含めた戦地へ送られた被害者である」という「二分論」が考え出された。恨むべきは当時の指導者で、今生きている日本人を恨んではならない、と説得したのだ。

 ところが1978年に、戦時中の日本の指導者とほぼ重なるA級戦犯が靖国神社に合祀された。その靖国神社を現役の閣僚が参拝するというのは、「二分論」を基に日本人と再び付き合い始めた中国にとっては、「話が違う」となってしまうのだ。

*参考記事
『相互不信の元凶、歴史認識問題の根源は何か 関係安定へ属人的パイプの制度化を急ぐべき――王雪萍・東洋大学社会学部メディアコミュニケーション学科准教授』
『両国の“余裕のなさ”が問題表面化の原因 島には蓋、靖国は周恩来ロジックの認識を―ムム朱建榮・東洋学園大学教授インタビュー』