強大で完璧な“恐竜”は時代遅れ

 組織や前例にパラサイト(寄生)しているようでは、世界で戦えない。とはいえ、異端児として立ち上がる勇気のある人にも懸念される「ある兆候」が見て取れる。私はそれを「恐竜になりたがる日本人」と呼んでいる。

 世界で戦えるグローバル人材とは、ビジネスの先端的知見や経営数値の捉え方、あるいは英語やIT活用のスキルなどなどの武器を完璧にフル装備した存在ではない。少なくとも私はそう考えている。ハイアールアジアでも前職でも、「グローバル人材」を重々しく捉えすぎている人たちを何人も見てきた。

 英語やPCは、単なる「道具」だ。初めは覚束なくても、実践していくうちに最低限のノウハウは身につく。完璧を目指そうとして自らハードルを上げてしまい、そのあげく恐れをなしてトライしないのでは何の意味もない。

「伊藤はタイで生まれ、米国の大学で学んでネイティブ並みの英語力があるから普通の日本人の気持ちはわからない」と思われるかもしれないが、そんなことはない。タイのインターナショナルスクール時代には、英語で苦労したり揶揄されたこともあったが、その悔しさは努力で克服した。その時の「なにくそ」精神は、英語力だけでなく、その後のキャリア形成に活かされている。

 ハイアールグループは中国の会社だが、私は中国語を完璧に話せるわけではない。しかし、「漢字文化」を共有することで、中国語のサイトを「なんとなく」理解することができる。「なんとなく」でいいじゃないか。

 かつて中国のサイトのあちこちで「小米」という文字が躍っているのが気になった。「小さい米ってなんだろう」という好奇心で調べていくうちに、それが小米科技(Xiaomi)という会社のことで、スマートフォンで人気を博しているという情報に早い段階で気づくことができた。日本ではまだ小米が全く話題になっていない頃の話だ。完璧に武器を装備した恐竜にならずとも、ちょっとした機転がビジネスの役に立つ。

 会社の経営も同じことだ。ハイアールグループはご存じの通り、三洋電機の白物家電の一部を買収した。三洋電機に限らず日本のエレクトロニクス企業はかつて繁栄を極めたが、品質の高さや機能の豊富さという「強さ」を徹底追求する恐竜だったといえるかもしれない。確かにある時期は強かった。だが、やがて国際市場で新興国を含む世界中の企業と価格面や発想面でも競い合う時期を迎えた時、得意な領域のみを強化した“恐竜”は次々に強みを失っていった。

 どんなに強靱な足を持っていても、1本しかないなら倒される。生き残るのは、したたかに何本もの足を備えるほうだ。氷河期に恐竜は絶滅したといわれる。一方、たとえば私たちが忌み嫌うゴキブリのような昆虫であったり、植物の中には時代に合わせて進化しながら3億年も生き延びているものがいる。

 グローバルを生き抜く強さとは、恐竜のような偏った強大さにあるのではない。例えば昆虫のように小さくともスピーディに走り回ったり、数本の足を失っても進化しながら生きながらえるような、しなやかでしたたかな強さだ。

 昨年だけで100社以上の日本企業が海外の企業に買収された。円安が進行する中、日本のビジネスパーソンが、相変わらず恐竜のような強さを指向していれば、その数は確実にさらに増えるだろう。