ノーベル平和賞を受賞した
紛争解決への態度

 人間同士の衝突のほとんどは、率直さと和解の精神にもとづく真の「対話」によって解決できる――。ダライ・ラマ14世はそう確信しています。だからこそ、「チベットが真の自治を獲得する」という闘いを「非暴力」という道に導き、中国との和解と妥協により、交渉を通じて双方が合意できる解決策を追求してきました。一貫して非暴力と対話を重視してきたのです。その非暴力と対話を通じた世界平和への貢献活動が高く評価され、ノーベル平和賞の受賞(89年)に至ったことはご承知のとおりです。

 世界は今や一つの共同体です。そのことを考えると、戦争などのあらゆる形の暴力は、紛争解決の手段としてはまったくふさわしくありません。大昔から、人間の歴史には暴力と戦争がつきもので、そこには勝者と敗者がいました。しかし今、もし世界規模の衝突が起こったとしたら、勝者は一人もいないはずです。だからこそ、私たちは核兵器や軍隊を永久に保有しない世界を築く勇気やビジョンを持つべきです。アメリカでの恐ろしい攻撃を考えればなおのこと、国際社会は誠実に努力し、あの衝撃的な経験を生かして世界に対する責任感を育み、対話と非暴力によって互いの違いを解消しなくてはなりません。

 対話は、個人、あるいは国家間の意見の相違や利害の対立を解決する唯一の良識ある方法です。人類の未来のために、対話と非暴力の文化を培うことは、国際社会が担うべき有意義な役割です。政府はただ非暴力主義を推奨するだけではなく、実践するために、適切な行動を取る必要があります。もし非暴力を広めるつもりなら、そのための運動を効果的に行い、しかも成功させなければなりません。二〇世紀は戦争と流血の世紀だと言われています。私たちは、新しい世紀を対話と非暴力の世紀にしなくてはなりません。(39~40ページ)

 今日の世界が直面しているもっとも深刻な問題の一つ――それは「憎悪」であるとも指摘しています。私たちの心が憎悪でいっぱいなら、知性の最高の部分である智慧や善悪を判断する能力を失ってしまうからです。

 現在、中東や東南アジアで起こっている衝突や南北問題においては、憎悪の及ぼしている影響を無視することはできません。こういった衝突は、お互いが同じ人間であることを理解しないために起こっています。紛争を終結に導くための解決策は、軍事力の増強や行使にあるのではなく、軍拡競争でもありません。また、純粋に政治的に、あるいは技術的に解決できるわけでもありません。求められているのは、お互いの状況を思いやり、理解することであり、その意味では、きわめて精神的なものです。

 憎しみや闘争心はだれに対しても、戦いの勝者に対してすら、幸せをもたらすことはできません。暴力は常に苦悩を生み出し、必ずや不幸な結果を招きます。したがって、世界の指導者たちが、人種や文化、イデオロギーの違いを乗り越え、お互いを同じ人間として見るときが来ているのです。そうすることが、個人や社会、国家、さらには世界のために有益でしょう。(87~88ページ)

 本書は「中国人のみなさまへ」「欧州議会における演説」以外にも、「世界平和のために人としてできること」「仏教と民主主義」など、チベット仏教の最高指導者にしてチベット亡命政府の国家元首を務めたダライ・ラマ14世の講演や演説、声明、アピールなど計8本を収録しています。今年7月に80歳を迎えるダライ・ラマ14世の後継者選びが現実味を帯びてきている昨今、チベットと中国の対立の歴史を振り返り、また、イスラム国など世界平和に脅威をもたらしている国家とどのように向き合うか、宗教や民主主義、戦争、暴力、政治や社会のあり方等々を再考するのに欠かせない貴重な資料と言っていいでしょう。