『マーケット感覚を身につけよう』の出版を記念して行われた、ちきりんさんとビジネスデザイナー・濱口秀司さんの対談第3回。
濱口さんが近年とくに重視しているのが、「機能」「デザイン」から「ストーリー」へという「価値の変遷」です。その変化が経営に与える大きなインパクトを、『マーケット感覚を身につけよう』でも登場する「価格設定曲線」上に可視化してくれました。(構成/崎谷実穂 写真/疋田千里)
価値の変遷:機能からデザイン、そしてストーリーへ
濱口秀司(以下、濱口) プロダクトやサービスの開発において、ぼくが去年くらいから重要なポイントとして話しているのが、「価値の変遷」ついてなんです。ざっと30年前は、技術で差別化をはかる「機能価値」の時代でした。例えば家電でいうと、機能が充実しているほうがいいとされていて、価格も高かった。
ちきりん その通り。高度成長期には、多機能商品、高機能商品ほど、高級でいいものだとされていました。
濱口 20年くらい前からは、「デザイン価値」というものが現れてきました。カッコいい、オシャレ、自分のライフスタイルに合っている、なんてことがよしとされるようになった。そして、ここ10年でまたおもしろい変化が起こっています。それは「ストーリー価値」の台頭です。いわゆる、意味性ですね。これがプラスαで入ってきて、顧客はそれを重視するようになってきたんです。
ちきりん 例えばどんな商品のことですか?
濱口 いまアメリカで一番売れている、Beats(ビーツ)というヘッドホンはまさにそうですね。ビーツはまず、低音がすばらしいという機能価値があります。でもそれだけじゃなくて、ファッション性が非常に高い。さらにこれは、ドクター・ドレーという人が立ち上げたブランドなんですよ。ドクター・ドレーは自身が人気ラッパーかつプロデューサーでもあり、ヒップホップの神様みたいな人。そんな人が、これからは音楽をつくるのではなく、音作りをするんだといって始めたブランドなんです。こうしたストーリー性も加わって、ものすごく売れています。
ちきりん 機能とデザインだけでなく、さらにもう1つ、ストーリーがないと爆発的な売れ方はしないんですね。
濱口 そしておもしろいのが、機能は数字で測れるんですよ。でも、ストーリーって測れないんです。そして、機能をつくることは学校で学べるけれど、ストーリーを生み出すことは学校で学べません。
ちきりん それが、いま日本のメーカーが苦労している理由でもあるのかも。
濱口 前にも話しましたが、技術的に優れた人の力だけでは、世の中は変わらなくなってきています。でも、ストーリーも設計可能なんですよ。
ちきりん 広告代理店とか、そういう仕事をしているのかな。リッツカールトン物語とか、やや作られすぎたストーリーは嘘くさくも感じますし、なかなか難しい。ところで先ほど、論理的思考と直感的思考の中間から、イノベーティブなアイデアが生まれてくるという話がありましたよね。それでいうと、機能はロジックから、ストーリーは直感から生まれてくるんでしょうか?
濱口 機能でも、イノベーティブなものは論理と直感の間のストラクチャード・ケイオスの状態から生まれていると思いますよ。例えばホンダの画期的なエンジンの機構VTECは、店で焼き鳥をくるくる回しながら焼いてるのを見てたときにエンジニアが思いついたそうです。機能の改良はロジックから来ていると思いますが、ちょっとぶっ飛んだ非連続なアイデアは、ストラクチャード・ケイオスから来ていると思います。
「マーケット」の段階では、人間の認知のズレを利用する
ちきりん もう1つ聞いてもいいですか? 私、前に、いいものを生み出すための思考には、論理と直感に加えて、もう1つ“マーケット”的な感覚が必要だと書いたことがあるんです。(当該エントリはこちら)
「計算可能なあるべき論」と「誰がなんといおうとコレだ!」という直感と、「でも実はコレが売れてる」みたいなマーケットの意思表示と。それってどうなんでしょう?
濱口 ぼくは、ロジックと直感がコンセプトをつくりだすエンジンで、マーケットというのはいかにそれを世の中に導入するかという部分だと考えています。いかに認知させていくか、というのはコンセプトをつくるのとは別の設計ですね。
ちきりん レイヤーが違うと考えられてるんですね。
濱口 世の中に導入する部分も、コンセプト設計と同じくいろいろな技法があるんです。いまは先ほど言ったように、機能、デザイン、ストーリーの3つを認知させないといけないので、昔よりも方法が複雑になっているんですよね。また、人間というのは合理的に考えないものなので、そのズレを認識しないといけません。
ちきりん 合理的に考えない人間の思考を利用して、認知させたいものを正確に認知させる方法って、いったいどういうものですか?
濱口 例えば、人はよく似た情報が違うソースからくると、認知がブーストするんです。Cさんから「AさんとBさんが付き合っているらしい」と聞いたとします。さらに別の日に、Dさんから「AさんとBさんがこのあいだ手をつないで歩いていた」と聞きます。すると、頭のなかで2つの情報がカキーンと組み合わさって、「AさんとBさんは絶対付き合ってる!」と思うわけです。
ちきりん 最初に作られた仮説を強化する方向に“利用できる情報”を違う方向から与えることで、非合理な思考を利用して伝えたいメッセージを伝えるんだ!!
濱口 普通、広告って同じ情報を繰り返して流しますよね。テレビコマーシャルと雑誌のPR記事の情報が違っていてはいけない。同じものをコンスタントに伝えていくのが、これまでの手法でした。でも、最も効果的な手法は、媒体ごとに伝える情報を少しずらすことかもしれないんです。
ちきりん 全く同じ情報をあちこちから流すより、少しだけ違う情報を別の方向から与えると、「嘘っぽさが」がなくなって、自分のアタマで考えて結論を出した気になるってことですね! それ、おもしろい。そうやって、相手の頭の中での思考方法を想定し、情報の出し方を設計するんだ!
濱口 別の手法もあってですね、それは「だんご3兄弟の末っ子はでかい」というやつなんですが……。
ちきりん なんですか、それ(笑)。
濱口 例えば、ぼくが車で道を走っているとき、前に車がいたとします。追い抜かそうと思って右車線に寄ったら、前の車も右に寄った。すると、「あ、抜かれへんわ」と思いますよね。これがだんご1個目の長男。じゃあ今度は左から抜こうとしたら、前の車が左に寄った。これがだんご2個目の次男です。この時点で頭のなかに1本の串ができます。それは、「こいつ、もしかしてウザいんちゃうか……?」という串です。そして、3回目、自分が右に寄ったとき、たまたま前の車が右に寄ったらどう思います?
ちきりん こいつ、絶対ウザい!と確信する!(笑)。
濱口 と思いますよね(笑)。3個目のだんごは、めちゃめちゃ大きく感じるんですよ。もしかしたら、前の車はたまたま寄っただけかもしれないのに。でも、人間の認知というのはそういうふうになっているんです。こういうことが、機能、デザイン、ストーリーを伝える際に、全部関わってきます。だから、それを踏まえたうえで、商品の投入や訴求の仕方を考えるんです。
ちきりん すっごく参考になります。それって“ちきりんブログ”のプロモーションにも使えそう。「ちきりんブログを読んでおくとトクするよ」っていうメッセージを、違う形で、違う場所から3回伝えることで、読み手は「あのブログは役に立つ」と“自分で”考えてくれるわけでしょ。これはいい話を聞きました(笑)!
そして、相対価値から絶対価値へ
濱口 機能、デザイン、ストーリーをどう人に認知させていくか。現れた時系列で並べると機能、デザイン、ストーリーなんですが、人が認知するのはこの順番じゃないんです。人はすごく視覚的な生き物なので、やっぱりデザインをまず認識するんです。次が機能、最後がストーリーです。人は山を見るときに、まず頂上を見上げますよね。それになぞらえるとこういう図になります。
ちきりん この図、ストーリーの部分が点線になっているのはなぜですか?
濱口 いままさにストーリーの時代になりつつあるんですけど、一般の人にとってはそこまで認知されていないからです。そして、この3つをうまく伝えるためには、デザインは一目でわかるもの、機能はポイント3つくらいで言えるもの、ストーリーはだれでも語れるものにする必要があります。
ちきりん それ、難しそう。一目でわかるとか、だれでも語れるモノにするとかって、実は難しい。
濱口 しかも3つに整合性がないと、人は納得してくれないんです。
ちきりん ですよね。ところで、この3つって、最初にどこから考えていくべきか、決まっているんですか?
濱口 そのプロジェクト次第ですね。機能から考える場合もあるし、ストーリーから考える場合もあります。
ちきりん 本気でちきりんブログのプロモーションに活用したいので、どこから始めるべきなのかとか、具体的な方法がやたらと気になってます(笑)。
濱口 あと、機能、デザイン、ストーリーの価値が変遷するにつれて、変わってきたことがもう1つあるんです。それは、相対価値から絶対価値への変化です。
ちきりん どういう意味でしょう?
濱口 相対価値というのは、人と比べて感じる価値です。あいつよりおれのほうが年収が200万円高いとか、お隣よりもうちのほうが家が大きい、とか。比較したいっていうのは、人間の本質でもあると思うんですよ。
ちきりん 競争本能的なものは、誰でも生まれつき持ってますよね。
濱口 だから、否定するわけではありません。でも、それだけじゃなくて絶対価値というものがある。たとえばぼくがいまのどが渇いてお茶を飲んだとする。それがすごくおいしいと感じる。でもいまこの瞬間、ビル・ゲイツが1本70万円のワインを飲んでいたとする。それもめっちゃうまいですよね、きっと。
ちきりん でしょうね。飲んだことないからわかりませんけど(笑)。
濱口 それは、比べようがないんです。ぼくも、ビル・ゲイツもそれぞれ「めっちゃうまい」と思っている。この絶対価値と相対価値、半々くらいで楽しめばいいんじゃないの、とぼくは思っています。でも、学校教育でみんな、テストの点数などを競って育てられるから、相対価値に縛られてしまう人は多い。これはけっこうヤバいことなんです。なぜかというと、相対価値は最終的に妥協しかないから。だって、ほぼすべてのことで世界で一番にはなれないですよね。
ちきりん はい。だから相対価値が気になりすぎると、人は自分より下の人を求め始めるんです。それが誰かを虐めたり、みんなで馬鹿にしようぜ、みたいな動きにつながる。ぜったい勝てない相手ばかりを見てるとつらいから、自分よりも下で、絶対追いつけないような人を探して満足しようとする。
濱口 それはあまり幸せではないですよね。だから、価値が変遷して、機能、デザイン、ストーリーとだんだん、絶対価値の重要性が高まっているのは、いいことだと思うんです。ストーリーって数字で測れないでしょう? 自分のほうがあの人よりも共感してるとか、このストーリーのほうがあのストーリーより2.7倍おもしろいとか、そんなこと誰も思いませんからね。
ちきりん さらにそこに自分の文脈が加わると、よりオリジナルな価値になりますよね。
ストーリーが「高くて大量に売れるもの」をつくり出す
濱口 そうですね。その個人の文脈まで商品に織り込めると、非常におもしろいことになります。でも、この3つのポイントを社内で通す場合に、デザインとストーリーって経営陣に理解されにくいことがあるんですよ。
ちきりん 機能は圧倒的にわかりやすいですからね。「この商品には強度が足りません」はスグに分かるけど、「この商品にはストーリーが足りません」と言われても、なんのこっちゃと。
濱口 それについて、ぼくはそれぞれの経営上の意味を考えてみました。価格と数量のダイアグラムで説明します。まず、普通に商品の機能だけで考えていると、高機能・高価格でニッチな顧客に少しだけ売れる。そして、低機能・低価格でたくさんの顧客に売れる。これは、二者択一なんですね。
ちきりん 出た! 私、このグラフ大好きなんです。この、価格と数量を二軸にとったグラフはあらゆるコトを説明できる万能グラフですよね(笑)。で、ここから何が言えるんですか?
濱口 それが、次にデザインをプラスします。そうなると、真ん中がせり出してくるんです。つまり、「わりと高いけれど、けっこう売れる」という商品が出てくる。
ちきりん わー、おもしろい。両端の超低価格商品の市場と超高価格商品の市場は変わらないけれど、真ん中の部分には、価格もマーケットサイズも上がる部分があると。
濱口 それまでは、スイートスポットは両端にあったので、経営上の選択肢として、安い商品を大量に売るか、超高級品でニッチを狙うかの二者択一だったんです。でも、この直線になると商品戦略、サービス戦略の選択肢が圧倒的に増えます。デザイン力のない会社はトレードオフで戦うしかないけれど、デザイン力があれば狙うべき市場も、その戦略も増えるということです。
ちきりん これは戦略論としてものすごくパワフルですね。まさに新しいフレームワークという感じ。
濱口 さらに、ストーリーを入れるともっと真ん中がせり出してふくらみます。
ちきりん そうなると、一番ふくらんだところがスイートスポットになるってことですね? 最も高いモノが最もたくさん売れる!
濱口 そのとおり。さっきの直線にはなかった「一番おいしいところ」、つまり機能やデザインだけではありえなかった、「大量に売れる高価格商品」というのが現れるんです。先ほど言ったBeatsのヘッドフォンは3万円くらいするけれど、若くてお金がない層にもめちゃくちゃ売れています。レッドブルなんかもそうです。普通の飲料の2倍くらいの価格だけれど、よく売れる。
ちきりん iPhoneもそうですよね。一番高いのに、一番売れてる。
濱口 スターバックスのコーヒーもですね。そうやって、ストーリーの力があると高価格で大量に売れるものをつくりだすことができます。
ちきりん すごくおもしろいです。でもこれって、すべての商品で採用できる戦略オプションなんでしょうか? たとえばテレビでも可能ですか?
濱口 テレビの不幸は、画面がほとんどの部分を占めるので、デザイン表現力がないということですね。
ちきりん そうか、やはりデザインの難しい商品というのもあるんですね。
濱口 はい。でも、これから面白い商品が出てくるかもしれません。それは、ぼくがプロジェクトとして関わっているので。ちょっと時間がかかると思うのですが、楽しみにしていてください。