ビジネスデザイナーの濱口秀司さんをゲストに迎えた特別対談の第2回。
イノベーターとして世界的に活躍する濱口さんは、なぜ就職先として松下電工を選んだのか? そしてそこで発見した人生を方向づけた仮説とは? ユニークなキャリアをお聴きしながら、ちきりんさんも嘆息した、ビジネスと人間の本質に迫る思考体系の成り立ちに迫ります。(構成/崎谷実穂 写真/疋田千里)
自分でルールをつくって戦いたい
ちきりん 濱口さんの会社って、メンバーは何人くらいいらっしゃるんですか?
濱口秀司(以下、濱口) 3人です。その人数で、昨年1年間で20くらいのプロジェクトをまわしました。ここでは、ぼくがエグゼグティブフェローを務めている、アメリカのデザインコンサルティング会社Ziba Designよりも、利益が出ているんじゃないかと思います。
ちきりん すごいですね。ところで、「儲けること」って大事だと思いますか?
濱口 ぼくの仕事上、儲かっていないというのはありえないと思いますね。だって、いろいろな会社を助ける仕事をしているプロなのに、ビジネスとしてうまくいっていなかったらおかしいじゃないですか。
ちきりん 「マーケット感覚」について書いた本が売れないようなものですね(笑)。
濱口 そうです(笑)。個人的には、お金にこだわりはないんですけど。
ちきりん 私は儲けることって、すごく大事だと思ってるんです。一度も自分で儲けたことが無い人のアドバイスなんて、聞く意味も無いと思ってるくらいに。だって儲かっているのは、「お金と時間を対価として差し出してでも、あなたが提供しているソレが手に入れたい」と、多くの人に思ってもらえているということだから。それこそが、市場から評価されていることの証しなんです。お金を出してでも手に入れたいと思ってもらえるものと、「タダなら欲しい」というものでは、根本的な価値のレベルが違う。
濱口 まったくそのとおりだと思います。ぼくは松下電工の出身なので、松下幸之助さんの「儲けるというのはいいことだ。それは、お客さんを喜ばせているということだから」という教えを引き継いでいるのかもしれません。
ちきりん 松下電工のご出身なんですね。新卒入社ですか?
濱口 はい。最初は、マッキンゼーに入ろうかと思ったんですよ。給料が高いと聞いたので(笑)。でも、ビジネスを知らないのにコンサルタントになるのもな、と考えて、メーカーを目指すことにしました。松下電工を選んだのは、当時取り扱っていた商品が22万品番もあったから。
ちきりん それは多いですね。
濱口 そして正社員は1万人。平等に割り振っても、1人あたり22品番担当できるということです。これなら、新人にも企画をやらせてくれるかなと。あと、それだけあれば権限もきっと分散しているだろうから、個人の裁量が大きいんじゃないかと考えたんです。
ちきりん すごい論理的な会社選びですね。最初の就活でそんな発想ができるなんてびっくりです。
濱口 事前の読み通り、松下電工は権限が超分散している会社で、入社してからは自分でなんでもできました。
ちきりん 大学に残ろうとは思わなかったんですか? 概念レベルで思考できる人って、研究者を志す人が多いように思えますが。
濱口 大学に入るときは、ノーベル賞を取ってやろうと意気込んでいたんです。というのも、ぼくの父親は固体物性の世界的な権威なんですよ。それで、ノーベル賞受賞者の研究者が、小さい頃から家をウロウロしているような環境だったんです。こんなおじさんが取れるんやから、ぼくにも取れるんちゃうか、と(笑)
ちきりん すごい環境で育たれたんですね(笑)。
濱口 でも大学入って3日で、あんまりまわりが賢い奴ばっかりだから、「これは勝てん」と思いました。だから、研究で勝負する土俵からは早々に降りたんです。ぼくは、負けるゲームは絶対しません。だから、将棋とかあんまり好きじゃないんですよね。
ちきりん 「勝てる市場を選ぶ」ってやつですね。とはいえ私はいま、絶対勝てないとわかってる将棋の勉強中なんですけど(笑)。
濱口 将棋って、定跡を覚えるなど、努力をした人が強くなるじゃないですか。そういう道が決まっているものは、やりたくないんです。でも例えば、王将5つにしてみましょう、みたいなゲームならやりたい。ルールを自分でつくって戦いたいんです。だから、ぼくが考えた商品やサービスは、既存の市場原理で戦うのではなく、自分で新しくルールをつくったものばかりです。
松下電工で認識した4つの事業プロセス
ちきりん ビジネススクールに行けば、「市場のルールを作ることの重要性」みたいなのって教えてもらえるけど、学生の頃からそういう発想だったというのが、すごいです。松下電工では、どういうお仕事をされていたんですか?
濱口 普通に研究者として入社したんですけど、いろいろな会議に出る中で、企業というものの中で何が起こっているのかを考え始めたんですよ。その結果、企業で行われているプロセスは、大きく分けて4つだということがわかってきました。
ちきりん 濱口さんて、常にメタ発想ですね(笑)。4つって何ですか?
濱口 それは、1.コンセプトをつくる、2.コンセプトを実現する戦略を複数立てる、3.ベストな戦略を選ぶ、4.実行する、です。そして、その自由度は実行に近づくに連れて下がっていきます。例えば、「赤字の照明事業を何とかしろ」というミッションが与えられたとします。そうしたら、コンセプトの時点では新商品を開発してもいいし、流通改革をしたり人件費を削ってもいいし、方針は自由なわけです。でも、1つ方向性を決めたら、それにしたがって次の戦略を考えるので、自由度は下がります。
ちきりん たしかに川下の工程ほど自由度が低くなりますよね。
濱口 一方、リソースの配分、つまりどれだけヒト・モノ・カネ・時間をかけているのか、という部分は実行に近づくにつれて上がっていくんです。口では「コンセプトが大事だ」とか言っていても、会議ではただ単に競合商品と比べて「じゃあうちもそういう商品をつくろう」なんて決めていたりするだけだったりします。
ちきりん 最初の肝心な部分に思考リソースを割かない会社や会議、本当に多いです。
濱口 そこで、ぼくは最初そういう会議に参加して、「経営陣がアホなんちゃうか?」と思ったわけです。だってどう考えても、大事なのはこの図の左側でしょう? でも、経営陣と議論したら、コンセプトや戦略が大事であることは、十分理解しているんです。ここで、ぼくの今後の人生を方向づける仮説が生まれるんですが……。
ちきりん それは聞きたい。なんでしょう?
コンセプトをつくるツールはなく、
ツールがないと人は長時間思考できない
濱口 単に、ツールがないんじゃないかと気づいたんです。ビジネスの実行のほうは、参考になる資料もシステムも外部サービスも、いっぱいあります。でも、コンセプトをつくるとなると、途端に人は何をしていいのか困ってしまう。例えば、イノベーティブなペンのコンセプトをつくるために、5分考えろって言われたらみんな必死に考えると思うんですよ。絵を描いてみたり、パーツに分解してみたり。
ちきりん 5分くらいならスグに時間もたつし…。
濱口 ところが、1週間あげるから考えてみて、と言ったとしましょう。そうすると、時間がたっぷりあるからより良いものが考えられる……のではなく、むしろ失速します。1週間も考え続けられないんです。なぜかというと、イノベーションを考えるツールがないから。
ちきりん ツールがないから、考えられない。つまり思考方法を知らないと、考えられないってことですね。
濱口 そうなんです。そして、それは戦略策定においても、意思決定においても、ちゃんとしたツールがなかったんです。じゃあ、ツールをつくればいいんじゃないか、ということでまずぼくは意思決定における分析手法を導入することを考えました。研究職を数年やったあと、ディシジョンマネジメントという方法をアレンジして、最初R&Dの投資案件の分析を行いました。
その仕事が認められて、その後松下電工における10億円以上の投資案件を、新商品投入でも買収でも戦略変更でもなんでも、役員会の前に分析してから役員会で議論して意思決定することになったんです。
ちきりん それが20代のころの話だというのが、すごすぎます…。
濱口 毎週クリティカルな案件を徹夜で分析していたので、この時代にビジネスへの理解が深まりました。でも、これを繰り返しているうちに気づいたのが、くさったりんごとくさったみかんを分析していることがあるということ。
ちきりん 戦略そのものがダメだと(笑)。
濱口 で、ぼくはフレッシュないちごのようなアイデアを思いつくのですが、ぼくの使っていたディシジョンマネジメントの手法というのは、不確実性を確率論とバイアス論を使って取り扱うものなんです。まったく新しいもの、すなわち不確実性が極端に高いものは、数字で分析できないんですよね。そこで、今度は数字ではないものを使って、戦略づくりをしようと考えました。
ちきりん 考えるツールとして「数字」しか存在しなかった世界に、別の方法論を提示するんですね。ワクワクする話です。
“クリエイティビティ・ツール”で制約条件はつくれるが…
濱口 そこで、モデルベースアプローチという、ビジュアルでロジカルに戦略を考える方法論を確立しました。でもそれによって生まれた戦略がうまくいくかは、まだ誰にもわからない。松下電工内のリアルビジネスで実行するのは、危険だと言われました。そこで、どこかこの方法を試せるところはないかと探していたときに、アメリカのZiba Designという小さなデザインコンサルティング会社を見つけたんです。そこで試してみようと考えました。
ちきりん それで松下電工を辞められたんですか?
濱口 ところが、当時の社長が、辞めずに籍だけ置いておいて自由にやればいいと言ってくださったので(笑)、松下電工の社員のまま、Ziba Designで働きはじめました。そうしたら、1998年くらいからぼくの手がけたプロジェクトが大当たりして、あちこちでデザイン賞などをとるようになったんです。そして、Ziba Designは急成長しました。そのうちに、戦略の1つ上のコンセプトづくりの手法開発もするようになりました。
ちきりん その間ずっと、松下電工の社員でもあったんですか?
濱口 そうですね。結局また、数年で松下電工に戻って、戦略企画部長と新事業企画部長を兼務して、加えてアメリカの研究所の上席副社長をしていました。そのあと正式にziba Designに入社することになりますが(笑)。
ちきりん 想像できないくらいすごいです(笑)。で、2014年からmonogotoというご自分の会社でも、プロジェクトを進められていると。
濱口 ぼくのキャリアとしてはこんな流れになっています。
ちきりん とても興味深いキャリアだし、いろいろびっくりしました。ところで、コンセプト側を考えるツールが世の中に少ない理由は何でしょう? なぜツールって、オペレーションの分野ばかりで発展するんでしょう? それって、昔も今もそうだし、日本だけでなく、世界的にもそうですよね?
濱口 一番のポイントは制約条件ですよね。人は、制約条件がゆるいものは考えにくいんですよ。とっかかりがないから、ツールも生まれにくい。
ちきりん あー、なるほど。発想力に限界がある場合、フリーハンドより制約条件がある環境のほうが、考えやすいと。そういえば建築でも、「世界のどこかの土地になにかすごいものを建ててほしい」と依頼されるより、「変形した15坪の土地に、家族3人が住める家を建ててほしい、ただし予算は2000万円まで」と依頼されるほうが、はるかに考えやすいし、最終的に、よりクリエィティブなモノができたりする。だとすると、考えるのが苦手な人ほど、制約条件をつくって考えたほうがいいのでしょうか?
濱口 そこは注意しなければいけない部分でもあるんです。制約条件を意識的につくるのが、世に言う“クリエイティビティ・ツール”というやつなんですよね。例えば、マーケティングにおけるペルソナ分析など。この商品を買う人はこういう人物像で……と限定して考えていく。でも、それをやるとイノベーティブな発想は生まれてこないんです。
ちきりん それはびっくり。私、ペルソナを考えることが制約条件を設定することだと、意識してなかったです。たしかにターゲットを細かく設定すると「何を提供すべきか」は考えやすくなるけど、画期的な商品は生まれにくくなるかも。つまり既存の思考ツールは、凡人でも考えやすくするためのツールであって、創造的なアイデアを出すためのツールではないってこと!? これ、すごくおもしろい話ですね!