ベストセラーを出すために出版社がやるべきこととは?
――ネットワーク理論が突きつける「発想の転換」
オームロッドは本書で、ネットワークの構造を3つに分類し、それぞれの成り立ちと特徴を説明している。3種類のネットワークは、外部から与えられたショックに対する反応がそれぞれ異なっている。だから、何らかの目的を達成するべくネットワークを利用しようというなら、まずネットワークがどのタイプなのかを判定しないと思ったような結果が得られないと言う。
身近なところでいうと、出版業界では新しい本が出ると、取り上げてくださることを願いつつ、人気書評サイトの皆さんにその本を贈呈したりする。あれは、書評サイトとそれを読むみなさんの関係にはスケール・フリーのネットワーク構造が成り立っているという観察結果(かどうか、出入りの業者にすぎないぼくにはわからないけれど)に基づく作戦行動なのではないかと思う。
仮に読書界の構造がむしろランダム・ネットワークなら、新聞広告やオンラインの書店さんのトップページに載せてもらったり、オフラインの書店さんで平積みにしてもらってポップをつけたり、なんてことに力を入れて、ブリッツで世間一般に対する本のプレゼンスを高めるのが有効なんだろう。で、どっちかはよくわからないので、出版社は両方やっている。たぶん。
2015年夏の世界経済は、いまだ2000年代半ばの一連の金融ショックの影響下にある。ここを書いている今、ソブリン危機の発端になったギリシャが今になって危うくユーロから追い出されそうになったりしている。リーマン・ショックは、金融機関は「大きすぎてつぶせない」場合があるだけでなく「つながりすぎていてつぶせない」場合もあることを規制当局に思い知らせた。
そのせいもあってか、ネットワーク理論を使って金融規制の効果をシミュレーションで予測する試みも見られるようになった(結論として、たとえば所要自己資本を厚くする政策は一定以上はあまり効果がない、という論文を見た。実際の自己資本規制は、金融機関の資本の持ち合いに対してまさしくより厚い自己資本を求めるという形になっているみたいだが、あれは大丈夫なんだろうか)。
もちろん標準理論で説明しきろうという動きもあって、仮定とモデルを根本的に変えないとだめだというオームロッドのような流派と、ちゃんと説明できてうまくいくうちはパッチワークでいくほうがいいという流派の競争には、まだ決着がついていない。
いずれにしても、社会・経済でネットワーク理論を使って何事かを成し遂げようという手法や戦略は、まだそれほど体系化されてはいないと思う。本書では3つに類型化されたネットワークも、新種が発見されるかもしれない。本書は現段階での体系化を行うことで、経済内で活動するエージェントであるぼくたちをそそのかし、発想の転換を迫っている。そのためにオームロッドは、自分の地元のサッカーチームや親類縁者から16世紀の中世イギリスやモンティ・パイソンまで借り出している。そういう部分だけでも本書は面白いと思う。ぜひお楽しみください。
次回は「タバコの税率を上げたら健康被害が増えた?」という信じがたいトピックから、「インセンティブ」理論の限界を探ります(9月7日公開予定)。