ブランディング・コンサルタントとして知られる阪本啓一氏が、超長期的な経済予想の本である『なぜ今、私たちは未来をこれほど不安に感じるのか?』を主催するセミナーの必読書として指定したところ、参加者から熱狂的な反応を受けました。なぜ、阪本氏のクライアントである中小企業の経営者たちは、その内容にかつてないほどの魅力を感じたのでしょうか?
マクロな視点から経済分析を続けてきた同書の著者・松村嘉浩氏と、リアルなビジネスの最前線に立つ阪本氏に、いま共通して見えている「世界観」をお話しいただきました。

なぜ、異色の本は中小企業経営者に絶賛されたのか?

――阪本さんは、どういう経緯で『なぜ今、私たちは未来をこれほど不安に感じるのか?』をお知りになられたのでしょうか?

阪本 ダイヤモンド・オンラインの公開記事です。作者を存知上げなかったので、実際に本屋で立ち読みしてみたのですが、これは全部読まないとと思い、すぐに買いました。結果、作中で取り上げられているマンガの『進撃の巨人』を全巻、大人買いすることになってしましました(笑)

松村『なぜ今、私たちは未来をこれほど不安に感じるのか?』は、経済・歴史など多岐にわたって包括的に書いているので、ジャンルが明確でない作品です。どういう読者層に読んでいただけるのかは不明なまま出版に至ったという商業出版としては異例の作品で、チャレンジングなダイヤモンド社でなければきっと日の目を見ることがなかった作品なんです。立ち読み的な公開記事に関しても、とりあえず読んでもらわないと面白さが伝わらないと言うことで、本文の50%を公開するという異例のプロモーションだったんですよ。その宣伝が効いたこともあり、アマゾンで「経済学」ジャンルで1位にもなりました。

阪本 そういう裏話があるのですね。

松村 はい。ただ、そうはいっても、世代間格差を大きなテーマとしているので、若者や、自分のバックグランドである金融業界の関係者を最初は狙っていたのです。ですから、中小企業向けののコンサルティングをされている阪本さんからご支持をいただくのは、まったくの想定外でした。直接フェイスブックでご連絡いただいたときは驚きましたよ(笑)。私は実業はまったくやったことがありませんし、正直、マクロ経済の話が企業経営にどう役に立つのか想像がつかなかったからです。

阪本 最近は、大局的に世界を見て、本質に迫る総合的な分析をした本がないからだと思います。分野別のノウハウ本が氾濫する中で、『なぜ今、私たちは未来をこれほど不安に感じるのか?』はすごく斬新だったのですよ。経営者は戦略を考えるうえで、大きな視点で世の中の流れを知る必要があるのですが、実際の仕事は日々の問題への対処ばかりです。そうした目先に追われる立場の人からすると、「今まさにこういうことを教えてもらいたかった!」ということが非常にわかりやすく書いてあります。
 これまでのやり方が通用しない“新しい時代”だということは、中小企業の経営者は感覚的に気付いているのですが、それが何なのかを具体的に言葉にすることができませんでした。そういう人たちにとっては、目からウロコな指針の書になったはずです。

松村 なるほど。私が本の中で説明しようとした“新しい時代”を、経営者の方々は肌で感じていた、ということですか。

阪本 そのとおりです。今の経営者は、過去の「こうしたらこうなる」という方程式が通じなくなっていることを日々体感しているのです。例えば、かつては確実に威力を発揮したネットショップの運営のノウハウも、効果がなくなったわけではありませんが、長期的に有効というわけではなくなっています。今では多くの人がiPhoneを始めとするスマートフォンで武装して情報を大量に持っているので、顧客の好みが過去にはないスピードで変化しますし、その流れを読むのは非常に難しいからです。
 また、“安くて良いもの”を売るという過去の常識は通用しなくなり、“高くても、もっと本当に良いもの”を売らなければならなくなってきています。

松村 “安くて良いもの”が大量に求められた「成長の時代」が終わり、“高くても、本当に付加価値が高いもの”が求めらる「成熟化した時代」になったということですね。

阪本 そうです。例えばバルミューダというメーカーの税込24,732円もするトースターが、いま飛ぶように売れていて、生産が追い付いていません。1,000円代のトースターも多数あるなかで、美味しさという根源的な価値にそれだけのおカネを払う人がいるということです。また、このメーカーは自然のそよ風を再現する扇風機も作っていて、こちらも高額ながら売上が大きく伸びています。
 あ、それと、全然違う例ですが、東京の谷中にあるハンコ屋の繁盛も今らしい例ですね。1本2,600円の認印が大ヒットしているのです。

松村 2,600円の認印ですか? シャチハタは300円ぐらいですよね?

阪本 そうですね。店名もおもしろくて「邪悪なハンコ屋しにものぐるい」というのですが、名前だけでなく非常にユニークなイラストの入ったハンコを作っているのです。

松村このサイトですか……これは、江戸時代の浮世絵から続く日本人の好きなポップアートの伝統を感じる世界ですね。「チラ見」「捕食の風景」のシリーズは特にいいです(笑)

阪本 このように、トースターであれ印鑑であれ「ホンモノ」でなければいけないわけですが、その「ホンモノ」というのがなんなのかが難しい時代なのです。溢れる情報の中で大きな流れや本質を見極めるアンテナが一層重要になってきています。

松村 成長する時代であれば二番せんじで行けたものが、そうはいかなくなっているわけですね。まさに量よりも質、「ホンモノ」のみが価値を持つということですね。

阪本 そのとおりです。さらに成長しない時代においては、商品開発だけでなく企業経営も、従来の価値観を変化させないとうまくいかなくなってきました。たとえば、従業員が年次ごとに昇給していくような制度は維持するのが難しくなっている社会状況ですから、何のために事業をするのか、経営者がきっちりとした経営哲学を持たないとハッピーになれません。私も、従業員数300名ほどのある中堅企業の経営者と、どうしたら会社を大きくせずに経営していけるかをずっと議論していて、その解を見つけるのにずいぶん時間を費やしました。売上至上主義のような成長を前提としたモデルは機能しなくなっているのです。

中小企業経営者は現実社会の「調査兵団」である

阪本 松村さんの本の中の言葉でいえば、経営者は“漠然とした不安”を持っているのです。自分たちが数千年に一度の転換点にいることを、ビジネスの最前線で肌で感じているわけです。

松村 『進撃の巨人』の例えがわかりやすいとのことですので、今日も使わせてもらいます。このマンガには、壁の外の最前線で巨人と戦わされる“調査兵団”と、壁の内側で守られるエリート階層の“憲兵団”の2つの兵団が出てくるのですが、最近わかったのは、この本に関心を持つ人は“調査兵団”の人たちだということです。

阪本 ビジネスの最前線で新しい時代に適応しようと、もがいて戦っている中小企業の経営者たちは“調査兵団”というわけですね。

松村 はい。これまでと違う大変化――“巨人の襲来”を体感しているということでしょう。
 『なぜ今、私たちは未来をこれほど不安に感じるのか?』は既得権益を批判した内容なので“憲兵団”の側からは総スカンなのは当然の話ですが、私が大きな誤解していたことも最近になってわかりました。若い世代が必ずしも非既得権益層=“調査兵団”というわけではない、ということです。つまり、若い人でも相続を受ける人たちや高学歴な層の一部は“憲兵団”の意識が強いのです。巨人が襲来しているのは情報として理解しているけれど、自分たちは壁の内側だから大丈夫だと安心している、というわけです。
 逆に、70歳の人でも“調査兵団”の人がいます。つまり、“憲兵団”なのか“調査兵団”なのかは、年齢や職業は関係ないということです。本の支持層が従来のカテゴリーに当てはまらない理由がわかってきました。

阪本 では、本の帯の「割を食ってしまう世代のために」というのは、「全調査兵団員のために」と変えたほうがいいかもしれませんね。

松村 たしかにそうなんですが、それだとますます何の本なのかわからなくなってしまいそうです(笑)

ミクロからマクロへ伝えたいこと

松村 阪本さんのお話のように、最前線にいる“調査兵団”の人たちは巨人が襲ってきていること——つまり“非成長”の世界が来ていることを体感しているわけですが、本に書いたようにマクロ政策当局はその感覚が鈍いのです。“成長”を前提にしないと辻褄が合わないので意図的に無視しているのかもしれませんが、過去とは全然違う“新しい時代”が来ていることを体感できておらず、これまでと同じ方程式を無理に当てはめようとしているように思います。

阪本 それは一部の大企業にも当てはまりますね。新しい時代に対応できず、組織が硬直化し、既得権益者がはびこる“憲兵団”になってしまっている大企業がいくつもあります。そういう意味では、時代の変化に柔軟に対応できる中小企業のほうが生き残れる可能性はあるかもしれませんね。

松村 阪本さんのお話を聴くと、マクロ政策当局は、マクロの数字だけでなくミクロの世界で実際に起きていることからも変化を読み取ったほうが良いですね。実際に何が売れているのかを知れば、先ほどおっしゃったように“量から質”への明らかな変化が起きているわけですから。醜悪なハコものを公共事業で作るのは明らかな間違いです。

阪本 逆に中小企業のようなミクロの側では、マクロ政策で起きていることは充分に認識されていません。消費税などの身近なことは別ですが、『なぜ今、私たちは未来をこれほど不安に感じるのか?』に書かれていたような金融政策は、ほとんど理解されていないのが実情です。

松村 金融政策が一般の人にわからないのは、ある意味当然です。実際に難しい話ですから。逆に言えば、専門性を要する分野なので、金融政策を行なう中央銀行は世論や政治から本来は独立させておかなければならないのです。
 にもかかわらず、成長が行き詰まった結果、無理に成長しようとして金融政策に過度に依存するようになってしまいました。これは政治的にも楽な行為です。一般の人はよくわからず、文句をつけにくいのですから。しかし、本で詳しく指摘したように、これは本当にキケンな劇薬なのです。

阪本 一般人にわからないところで、無理に成長しようと大変なことが行なわれているわけですね。“調査兵団”である我々がミクロの側で体感している“成長しない”世界を、マクロ政策当局にフィードバックしていけるとよいのですが……。

5次元という新たなフロンティア

阪本 ところで、『クラウド・アトラス』というたいへん興味深い映画があるのですが、ご存知ですか? いくつかのエピソードからなるオムニバス的な作品で、その中の人類が滅びかけている時代の物語に、「世界が崩壊してしまったのは、なぜなのか?」という問いが出てきます。その答えとなるセリフが、「人々がHunger For Moreだったから」なのです。

松村 知りませんでした。観てみます。結局、世界が成長しなくなっているのは、地球の限界に近づいていることが根本的な要因だと思っています。産業革命以来の成長は「エネルギー革命」ともいえるわけですが、化石燃料が有限であるのは自明で、代替エネルギーが本格的に実用化されなければ、いずれはなくなってしまいます。人々がHunger For Moreを続けて、これまでの物質的な繁栄から価値観を移行させていかないのであれば、200年〜300年の超長期でみれば人類そのものが危機に至る、そういう大きな変化の過渡期にいると思うのです。

阪本 そういうことを、すでにミクロな世界の人々はなんとなく体感しているので、量から質へという価値観の転換が商いのうえでも重要になってきているわけでしょう。

松村 はい。ただ、限界の話には続きがありまして、個人的には人類の発展はいずれ5次元にその可能性を見出すことになるのではないか? と、かなりざっくりした議論ですが考えているのです。

阪本 5次元、ですか?

松村 はい。本でも書いたように、世界システム論における覇権国は空間的支配(3次元)を成し遂げると、マネー経済・金融業のような時間的支配(4次元)に移行していきます。現在、空間的支配は世界を覆い尽くし、マネー経済・金融業の時間的支配も限界に達しようとしています。フロンティアはなくなったのです。

阪本 なるほど。

松村 よってさらなる発展には、もう1つ上の次元に活路を見出すしかなく、5次元と勝手に称しています。では5次元とは何なのか?
 人類によって解明されていない世界は、宇宙・深海・頭脳だと言われています。宇宙や深海にフロンティアを求めるのは今すぐは技術的に難しく、残されたフロンティアは頭脳になるのではないでしょうか。要は、物質世界から情報および精神世界へ、無限に広がりうる脳の世界に活路が見いだせるか? が大きなカギになるはずです。そして、これにはデジタルとアナログの両方のアプローチがあると考えています。

阪本 『なぜ今、私たちは未来をこれほど不安に感じるのか?』に書かれていたようなデジタル革命とそれに対するアナログの話ですね。

松村 はい、AIの発展によって人間そのものを代替する部分も出てくるでしょうけれど、コンピュータによって脳を増強する方向の進歩もあるでしょう。現実と遜色がない情報量を得ることができれば、交通機関を使って出張をする必要も、満員電車に乗って通勤する必要もなくなります。すると、膨大なエネルギーを消費して行なわれていた社会に変化が起きるはずです。しかし、人間が完全にデジタル情報で満足するわけではないので、高度なアナログに逆に価値が生まれるというわけです。具体的に言えば、アナログ的な付加価値の高い旅行は、今後も大きな価値を持つはずです。

阪本 そういう意味でも、中小企業は量から質への価値観の転換を一層行い、日本人が得意なアナログの分野で勝負すべきということですね。

松村 おっしゃるとおりです。ただ問題は、このような価値観の転換は、決してスムーズには行かないだろうということです。遠い未来には、逆にそうなっていなければ人類の繁栄はないので、きっと実現しているとは思うのですが、当面の過渡期においては相当な混乱もあるかもしれません。この辺りは若い人たちに希望を持ってほしくて、本ではわざと楽観的に書きましたが……

阪本 当面の将来とはどのくらいのイメージですか?

松村 これもざっくりしたイメージしかありません。AIの世界の特異点が30年後の2045年と言われていますが、30年たてば成長を前提にしてきた世代は社会から退場し、成長を知らない世代しかいなくなっているわけです。その意味でも、30年後の世界は今とはまったく変わったものになっていると思います。

阪本 ぜひ長生きして、その世界を見てみたいものですね。

阪本啓一(さかもと・けいいち)
ブランディング・コンサルタント。大阪大学人間科学部卒。経営コンサルティング会社(株)JOYWOW創業者。 ブランドを中心にコンサルティングしている。メールやウェブなどネットを使ったブランディング&マーケティングが出発点。クライアントは製薬、IT、食品、産業資材、アパレル、建築、証券、商工会議所など多彩。理論ではなく「人として向き合う」コンサルティング姿勢を身上とする。自らも起業した経営経験からのアドバイスにファンが多い。「大阪をシリコンバレーにする!」ビジョンのもと、私塾MAIDO-internationalを主宰。 主な著書に『繁盛したければ、「やらないこと」を決めなさい』『「たった1人」を確実に振り向かせると、100万人に届く。』(日本実業出版社)『ブランド・ジーン 〜 繁盛をもたらす遺伝子』(日経BP社)『共感企業』(日本経済新聞社)、訳書に『パーミションマーケティング』(翔泳社)ほか多数。  http://www.kei-sakamoto.jp/