なぜなら、学校や教育委員会はいじめの事実や加害者の存在を隠すことがほとんど。いじめの実態がわかる文書が残されている場合でも、「不存在」と隠し通そうとすることがある。そんなとき、マスコミが事件を報じ、「事実を明らかにするべきだ」という世論をつくることは、非常に意味のあることだという。

 しかし、小森氏は事件の事実を取材するマスコミを評価する一方で、「いじめ報道が過熱したときに各社がつくる『いじめ特集』はひどい」と言う。

「間違った誘導をするような報道だからです。たとえば、取ってつけたコメントをするコメンテーター。『いじめる子が悪いが、いじめられる子にも問題がある』などと言って、『被害者責任論』を持ち出すコメンテーターがいる。『問題がある子ならいじめていい』とでも言うつもりなのでしょうか。また最近では、子どもの自殺はいじめが原因ではなく様々だという特集を組んだテレビ局がありますが、そうであるならば、今回話題になった『9月1日問題』はどう説明するのでしょうか」

 筆者も子どもの頃、周囲の大人から「いじめられる方にも問題がある」という言葉を聞いたことがある。しかしこれを子どもが真に受けたら、いじめたいと思った相手に何らかの「問題」を見つけ出し、いじめを開始するだろう。実際にそのようにして起こるいじめもある。

「誰かに相談して」「心を強く」
有害な場合さえある有名人コメント

 また、小森氏はテレビ局の番組づくりについて「自分たちの思い込みでつくった結論に落とし込むようないじめ特集はやめてほしい」と訴える。

 今年に入ってから小森氏は、あるテレビ局から取材の打診を受けた。2日ほど連絡を取り合ったが、相手のディレクターからは「喋ってくれる遺族を紹介してほしい」という打診ばかり。いじめ問題について真摯に考える態度が見られず、結局取材を断ったという。

「遺族が出て、涙を流してくれればそれでいい。そんな態度の取材には応じられない」(小森氏)

 社会学者で明治大学文学部准教授の内藤朝雄氏も、以前の記事で紹介したように、テレビ局から「想定回答」を答えるように求められた経験がある。内藤氏は著書『いじめ加害者を厳罰にせよ』(ベスト新書)の中で「有名人コメントの害」という項目を設け、「マスコミがそういった有名人を起用してコメントさせることは、ほとんどの場合が有害であり、状況を悪化させている」と断罪している。

「社会的に成功した有名人が、今自尊心を踏みにじられている被害者に『私も昔はいじめられっ子だった』と言っても、いじめからの解放が待っているわけでもなく、『あなたは成功できてよかったですね』としか思えません。しかも有名人の発言は、ひどく的外れだったり、それができるなら最初からいじめられたりしないというような『解決策』を示すことが多いです」と内藤氏。