ここで熟断思考の具体的なステップを紹介していきます。

■第1ステップ:タイムリミットの設定
 まず、決断のタイムリミットを設定すること。熟慮といってもダラダラ考えていていいということではない。期限の決め方には大きくふたつある。ひとつは、「この期限を過ぎると、いま俎上に乗せられる選択肢の価値が大きく下がってしまう」というぎりぎりの時間まで考える。もうひとつは、思考の質がこれ以上は上がる余地がないと判断されるところまで考える。

■第2ステップ:課題のフレーミング(枠組み設定)
 次に、課題をフレーミングする。個人であれ組織であれ「いつ頃、どうなったらうれしいか」を考えて、それに向けた打ち手や懸念事項をリストアップし整理することで、課題の全体像をつかむ。この時「うれしい姿」は複数あって構わないし、実際そういうケースが多い。

■第3ステップ:検討要素の抽出
 さらに、「そうなったらうれしい、という姿を実現するために何をすればいいか」という具体的な選択肢を洗いだす。さらに、「その選択肢を選んだ場合、どのぐらいの確率でそうなるか」という不確実性を考える。さらに、「自分にとってそれは本当にうれしいことなのか」という価値判断尺度をはっきりさせていき、選択肢と不確実性のシナリオごとに、相対的なうれしさを価値判断尺度に照らして測定していく。それらを全て鑑みて、最終的な決断を下す。検討はここまでで、最後は自分の心にしたがって選ぶしかない。

熟断思考で新国立競技場の建設問題を考えてみよう

 たとえば、この方法論にしたがって、今年の6月から7月にかけて世論が沸騰していた新国立競技場の建設問題を考えてみました。論点が多いので、それをまず整理します(図1)。

ロジカルシンキングの通用しない課題を<br />普通の人でも解けるようになる熟断思考とは?

 意思決定の基本的な3要素(意思決定事項、不確実要素、価値判断基準)について、政策レベル、戦略レベル、戦術レベルに分けて考えていきます(図1)。すると、4つの意思決定事項(デザイン、屋根のタイプ、目標完成時期、建設費用メド)のオプションの組み合わせとして、次の3つの選択肢を検討すればよいことがわかります。

・豪華な「ザハ現行案」
・予算を押さえつつもイベントにも使える質素な「マルチユース型」
・マルチユース型よりさらに予算を押さえた「スポーツ特化型」

 上記3案を検討する際に、ひとつの重要な価値判断尺度としてトータルライフサイクルコスト(TLC)があります。これは建設を始めてから30年間使用した際にかかる費用と収益の合算です。TLCを計算する際のメンテナンス費用やイベント収益などは、スプレッドシートモデルを作っていくらでも詳細に分析できるのですが、大まかに検討して出た結論が図2です。

ロジカルシンキングの通用しない課題を<br />普通の人でも解けるようになる熟断思考とは?収支面と初期投資の面ではスポーツ特化型が優勢

 まず、お金に関する価値判断尺度においては、不確実要因の振れがあっても、ザハ現行案が最適戦略となることはない、というのが分かります。したがって「デザインに対する国民の夢」や「ラグビーW杯での利用」といった定性的価値判断尺度をよほど重視するのでない限り、ザハ案は白紙撤回すべし、という結論になります。それ以外の2つの案で比較すると、ほとんどの不確実シナリオでスポーツ特化型が最適選択肢となります。この表からは読み取りにくいのですが、唯一、年間イベント収益が上振れする場合にはマルチユース型が優位となり悩ましい、ということになります。

 これらから導き出される結論は次のとおりです。