京セラ名誉会長・稲盛和夫氏。世界的にも著名な現役経営者である稲盛和夫氏の経営哲学についての多様な分野での学術研究を推進し、あわせて教育プログラムを開発する「稲盛経営哲学研究センター」が、昨年(2015年)立命館大学に創設された。今年、2016年3月4日には第1回国際シンポジウム「稲盛経営哲学研究の国際化の研究」が開催される。なぜ今大学で経営哲学を学ぶのか。同大学センター長の青山敦(テクノロジー・マネジメント研究科教授)氏に伺った。
すべての人が学ぶべきものが
「稲盛経営哲学」にある
ーなぜ今、稲盛和夫氏という現役の日本の経営者に注目されたのでしょうか。
青山 稲盛和夫氏は、京セラ、KDDIを創業、発展させ、JAL再生を成し遂げた世界的な経営者です。その経営が他の経営と一線を隔すところは、その根底に「哲学」があることです。
「稲盛経営哲学」は、経営者としての心がまえや考え方、経営上の問題解決の規範にとどまらず、経営という枠を超えて、人としての生き方、考え方に及んでおり、その考え方は現代文明への示唆に満ちています。
つまり、ビジネスに関わる人のみならず、すべての人が学ぶべきものが、「稲盛経営哲学」にはあるということです。
ー経営というと、「いかに儲けるか」を追求するというイメージがあったのですが……。
青山 「稲盛経営哲学」を、今、学ぶべきと考える背景には、行き過ぎた市場経済があります。現代文明が、物質的豊かさのみを追求してきた結果として、多くの人が不安にさいなまれ、幸福とはいえない状況にあります。国と国、地域と地域、人々の間の格差は拡大し、紛争の原因になっています。
その根源は、物質的な豊かさのみを追求し心の豊かさを無視したこと、
「足る」ということを知らず際限なく欲望を貪ったこと、他者のことを顧みず、自分さえ良ければよい、勝ちさえすれば良いという考えに陥ったことにあります。
この危機から脱出するには、物質的な豊かさと精神的な豊かさを両立させ、「足る」を知り節度を守り、利他の心で自分も他者もともに繁栄するという、よりレベルの高い市場経済を構築しなければなりません。そして、企業も社会の重要な一員、公器であるという考えに立ち戻らなければいけません。
そのために現実的な世界での成功も果たしている稲盛経営哲学から、学ぶ価値があるのです。
ーなるほど。むしろ「これからの豊かさとは何か」を学ぶのですね。
青山 市場経済の行き過ぎで、とりわけ今後、問題となっていくのは、中国でしょう。現在の中国は、行き過ぎた市場経済の見本のようなところで、競争至上、勝ちさえすればよいという考え方が、今日の発展を主導したとも言えます。
その中国が発展の曲がり角に立っています。そしてその影響は世界に及んでいます。このまま経済発展だけが減速すれば社会の混乱は避けられません。中国の経営者をはじめとする人々が、物質的な豊かさと精神的な豊かさの両立、「足る」を知り節度を守り、利他の心で自分も他者もともに繁栄するという考え方を持つことは、世界にとっても重要な事です。
ー中国で稲盛和夫氏が人気だそうですが、なぜでしょうか。
青山 おっしゃるとおり、稲盛和夫氏は中国で大変人気があります。一つには、成功した経営者から学びたいということがあるし、もう一つには、現在の競争至上、勝ちさえすればよいという企業経営に疑問を抱いている経営者が中国にもいることを示しています。
もちろん中国にも稲盛経営を真摯に学び、経営に活かそうとしている経営者もたくさんいます。しかし、すべての人々が稲盛経営哲学を本当に理解しているかと言われると疑問があります。世界経済に大きな影響力を持つ中国経済や中国企業が正しく発展するために、稲盛経営哲学を正しく伝える努力が必要だと感じています。