「人生は魂を磨く場」という哲学は
小中校生の教育にも役立つ

ー日本においては、稲盛氏の経営を学ぼうという動きは昔からあります。

青山 稲盛和夫氏の経営を学ぼうという努力は、日本においては活発になされてきました。その代表的なものが盛和塾です。盛和塾は経営者がお互いに学ぼうという組織であり、稲盛和夫氏が塾長となって運営されています。
  その目的は、稲盛和夫氏の経営哲学を学ぶだけでなく、経営12ヵ条やアメーバ経営、京セラ式会計などの稲盛和夫氏が実践されてきた経営の仕組みを各自の会社に導入することで、稲盛和夫氏が、当然達成すべきだといつも言っている高収益企業を実現しようとするものです。
   しかし、これはとてもハードルの高い目標であり、これからも大変な努力が必要とされます。経営者の実践的学びを補完するために、より系統だった稲盛経営哲学とその上に構築される経営の仕組みを教育するシステムが必要だと考えます。

ー盛和塾だけでなく大学で学ぶ理由どのようなところにあるのでしょうか。

青山 経営者教育の代表的なものは、ビジネススクールですが、その教育は、利益を出すための経営管理教育に終始しているのが実態です。
   週刊ダイヤモンド新年合併特大号(第104巻1号)で掲載された
稲盛和夫氏と野中郁次郎氏の対談でも指摘されていたように、ビジネススクールでは経営のテクニックは教えても、「何のために経営するか」という価値観については教えていません。経営の「真・善・美」については教えていないのです。
  企業の不祥事が相次いでいますが、これは経営者が経営の根幹に価値観を据えていないことにあります。盛和塾が中小企業の経営者中心の集まりということもあり、ビジネススクールでの教育がそのようなものですので、大企業の経営者や管理職の養成となると、はなはだ心もとない状況です。
  日本だけでなく世界中のビジネススクールや経営関連の学部で、株主価値最大化ではなく、従業員の物心両面の幸福を目指す経営の価値観を教える必要があります。そのためには、稲盛経営哲学の学術的研究を通じた「普遍化」、「一般化」が必要であり、それに基づくところに、当研究センターが開発を目指す教育プログラムの独自性があるのです。

ー人々が幸福になるための価値観の教育は、大学という範疇を超えたもののような気がします。

青山 稲盛経営哲学は、経営者以外の一般の人々、特に小中高校生の教育に役立つと考えています。
   日本でも中国のような海外でも子どもたちは競争社会にさらされています。受験に失敗して挫折してしまう子どもも多い。不登校児も増えています。
   稲盛和夫氏は、中学受験に失敗し、大学受験に失敗し、就職でも自分の行きたい会社には行けなかった。このような経験は子どもたちの共感を呼ぶのではないでしょうか。稲盛和夫氏はそれでもくさらずあきらめず、その場その場で全力を尽くして認められ、ついには京セラという世界的企業を創り上げました。それだけでなく「人生は魂を磨く場」という哲学的境地に達しました。
   このような稲盛和夫氏の生き方や考え方を学ぶことは、子どもに勇気と生きる指針を与えるでしょう。
   もう一つ、小中高校生にとって重要ことは、「企業とは何か」を教えることです。
   学校の先生でも企業とは何かを理解している人は少ないと思います。
   そのため、「企業は社会の敵」といったニュアンスで教えてしまうこともあります。昨今の企業の不祥事を見ているとあながちそういった見方も否定できません。しかし、本来、企業は人々に幸福をもたらすものであり、夢を実現するものでもあり、社会にとって不可欠なものです。
   稲盛経営哲学は、企業を通じていかにして社会に貢献するかという経営の実践から生み出されたものです。稲盛経営哲学を京セラやKDDIの創業と発展、JALの再生の事例を通じて、企業とは何か、経営者はどのようなリーダーであるべきか、働くことの意味、人生の幸せと働くことの関係などを学ぶことは、小中高校生にとって、非常に意味があることだと思います。

ーなぜ稲盛経営哲学を、大学で研究する必要があるのでしょうか。

青山 これまで述べてきたように、稲盛経営哲学についての教育ニーズは非常に強いものがあります。盛和塾など経営者が学び合う制度もあります。また、稲盛経営哲学やその上に構築されるアメーバ経営や京セラ式会計などを紹介した本や、
KDDI創業やJAL再生について書いた本もあります。
   しかし、従来の稲盛経営哲学の教育や研究は、視点が限定されていることが多かったように思われます。稲盛経営哲学は経営を超えたものです。経営学だけでなく心理学、経済学などの社会科学、さらには、脳科学や情報科学といった自然科学的領域からも研究されなければなりません。
  また、稲盛経営哲学がなぜどのようにして生み出されてきたかを明らかにするという哲学の面からの研究も必要です。稲盛経営哲学がどのような思考の過程をたどって創りだされたのか、結果として今あるものだけでなくその源流と創生の過程を探求することで、より正しく稲盛経営哲学を理解することができます。
   大学という場所は、多様な分野の研究者が集まっており、また分野間の交流や協力もしやすいところです。当研究センターでは、さまざまな学問分野からのアプローチで総合的に稲盛経営哲学を研究しています。

  さらに、学術的研究の成果を「教育プログラムの開発研究」につなげていくということが大切です。稲盛経営哲学を幅広い年代に伝えていくには、小中高等学校、大学、大学院での一貫した人材育成のプログラムと理論に基づいた教育プログラム開発が必要です。大学であれば、開発した教育プログラムをすぐに実施して、そのフィードバックを改善につなげることができます。

ー稲盛経営哲学を、大学としてどのように広めていこうと考えていますか。

青山 稲盛経営哲学は、既に日本や中国の経営者の間では広く知られています。今後の課題は、欧米における認知を高めることにあります。そのためのもっとも有効な方策は、国際的な学術的研究を推進していくことです。
   これらのすべてに共通するのは、稲盛経営哲学を多様な学術分野の視点で普遍化し、一般化すること。稲盛経営哲学と、それを基盤とする経済システム、経営管理、リーダーシップ、経営組織、働き方・考え方・生き方を、多様な学術的観点から正当な学術的手法によって研究する環境を整備し、世界で行われる関連する研究を結ぶネットワークのハブが必要でしょう。
   また、研究成果を教育プログラムに展開し、教育から研究にフィードバックするスパイラルアップの仕組みが必要です。立命館大学 稲盛経営哲学研究センターは、これらの課題に取り組み、現在の社会のニーズに応えるとともに、
これからの社会の健全な持続的発展を可能とする研究・教育成果を発信したいと考えています。 

なぜ今大学で「稲盛和夫」を学ぶのか?稲盛和夫(いなもり・かずお)氏について 1932年、鹿児島県生まれ。鹿児島大学工学部卒業。59年、京都セラミック株式会社(現京セラ)を設立。社長、会長を経て、97年より名誉会長。84年に第二電電(現KDDI)を設立、会長に就任。2001年より最高顧問。10年に日本航空会長に就任し、代表取締役会長、名誉会長を経て、15年より名誉顧問。1984年に稲盛財団を設立し、「京都賞」を創設。毎年、人類社会の進歩発展に功績のあった人々を顕彰している。また、若手経営者が集まる経営塾「盛和塾」の塾長として、後進の育成に心血を注ぐ。主な著書に『生き方』(サンマーク出版)、『アメーバ経営』(日本経済新聞出版社)、『稲盛和夫経営講演選集』などがある。(撮影/鈴木愛子)
▼稲盛和夫オフィシャルサイト
▼立命館大学 稲盛経営哲学センター