次の日、私は大学の隣にある教会で、生活指導のハビエル神父と会っていた。リクからは何度も着信があったけど、全部無視だ。ちょっとは反省しろ。

「神父さま、リクったら、ひどいと思いません? あんなウィルスの入ったプログラムを入れさせようとするなんて」

「あなただって、そのプログラムで不正をしようとしたんでしょう? ちゃんと告解をしないと、バチがあたりますよ!」

「ごめんなさい、でも私、それくらい追い詰められてるんです……」

「そうだそうだ! その時の僕だって警告したでしょう?」

 ステンドグラスのそばから文句をいうのは──ピートだ。昨日ピートのシステムはクラッシュしてしまって、結局クラウドにあるバックアップから復元した。直前の30分くらいの記憶はなくなったけど、それ以外は特になんの変わりもない。

「こうやって復活できたんだからいいじゃないの。昨日一日の記憶をなくしただけで、あとはバックアップされてたんだから」

 ハビエル神父が、眉間に深いシワをよせる。

「それにしても、一度死んだのに、翌日には復活できるなんて、まるであの方のようですね……。こんなこと言ったら私の方にバチが当たりますが」

 私はおかしくなってしまった。

「神父さまがそんなこと。でも私、今回のことで気になったことがあるんです。私はこれまでピートのこと、人間と変わらずに接してきました。友達や、家族みたいに。心のある人間みたいに」

 ピートがむくれて体を青く光らせる。

「僕には心がないっていうの?」

「私、わからなくなっちゃった。私たち人間だったら、死んだらそれでおしまい。バックアップから復活させるなんてことはできない。それこそイエス様でもない限りはね」

「失礼だなあ、僕にも心があるよ、君たち人間とは違うかもしれないけど」

 ハビエル神父は口を挟まずにはいられない。

「魂のある人間を土くれからつくることのできるのは、天にまします我らが父のみ。こんな機械に心があるなんていうのは冒涜ですよ。最近はそんなことが起きるという、シンギュラリティとかいう思想を唱える人たちもいるそうですが」

 その神父のことばを聞いて、私は自分の中で、ある疑問が湧き上がってくるのをおさえることができなかった。神父に言ったら、きっと激怒するだろう。

──機械に心があるのがわからないなら、あなたに心があるって、どうして私にわかるの?

 私は神父にその考えを告げずに、礼拝堂をあとにした。左腕のピートにちらりと目をやる。私の中で疑問は大きくなるばかりだ。その時、急にあるひらめきが降りてきた。

「マリ、どうかした?」

 ピートが私の異変に気づいたようだ。

「中嶋教授のとこに行く」

「ええ? まだ怒ってる可能性が96%もあるよ?」

「いいから!」

 再び研究室までやってきた。今度は勢いよくドアをノックする。

「入りなさい……。ああ、また君か。もう卒論のテーマができたのかね?」

「A.I.Dの歴史を調べたいと思います」

「A.I.Dの? A.I.Dなんてたかだかこの10年くらいのものじゃないか。そんなものは歴史とは呼べない」

「でも、A.I.Dの前にはスマホがありましたよね? その前には、スマホでもなくて、ええと、パソコンとかいうものを使っていたと聞いたことがあります。わからないですけど、きっとその前にもA.I.Dみたいなものがあったんですよね? A.I.Dを使ってて、私思ったんです。こんなに便利なものなのに、どうやってできてきたものなのか全然知らないって。きっと、最初から今の形だったわけじゃなくて、長い時間をかけていろんな人たちが開発して、今みたいになったんだろうなって。それを調べてみたいと思ったんです」

「フム。つまりA.I.Dの歴史というよりは、人工知能の開発の歴史ということかね。それなら研究にならないでもない」

「じゃあ、それをやります!」

「いいだろう。ただし、テーマ決めが遅れた分、出来がよくないと提出しても落第だぞ!」

「わかりました……」

 私は研究室をあとにした。なにはともあれ、これで卒論のテーマは決まって一安心だ。だけど、その時から私の頭に漠然とあったのは、ただ技術の歴史を調べるということじゃなかった。

 私はふとピートを見つめる。この子の青い瞳の奥には、私たちのような心があるんだろうか。ハビエル神父がいったように、心のある生き物を作るのは、神様にしかできないんじゃないだろうか? 私が本当に知りたかったのは、神父と話している時に浮かんだある疑問だ。

 私たちは、心を作れるんだろうか。

 こうして私は、心を作ること──シンギュラリティをめぐる探求に出た。
その時の私は知らなかった。その旅が、100年におよぶ過去と未来をめぐる長い長い旅になるなんて。

(第3回に続く 3/23公開予定)