本の核心となる部分です。それは、「東日本地震が発生してから、津波が福島第一原発に到達するまでの約50分間に、最初に起動しておくべきだった原子炉の緊急冷却装置を起動しなかったのはなぜか」という根本的な問題です。

 簡単に言うと、原発には、大事故の際に大量の水を入れて燃料棒を強制的に冷やす「緊急炉心冷却装置(ECCS)」という強力な設備があり、まずそれを動かすことが世界のルールになっています。ところが、福島第一原発事故では、なぜか控えという位置付けで、ECCSの約10分の1の能力しかない「非常用復水器」(IC)と「原子炉隔離時冷却系装置」(RCIC)が動いた。しかも、津波の影響で全交流電源を失ってからは、今度は主力のECCSを動かすことができませんでした。この辺の事情は、本でも時系列で詳細に書いています。

 実は、日本の電力業界内では「電源喪失は30分以内に収まると考えてよい」というルールの変更がなされていたのです。かつての「原発では事故は絶対に起こらない」という“安全神話”の中で、ECCSを動かせば、「大事故だ!」と反原発派は勢いづきますし、原子炉を水浸しにすれば、原発の寿命が縮まります。電力会社には「それは避けたい」という経済的な動機がありました。

 だからこそ、電力業界は、なるべくECCSを使わずに済むようにルールを変更して経費削減を図っていたのですが、福島第一原発事故で裏目に出てしまいました。最初からECCSを使っていれば、1979年の米スリーマイル島原発事故、86年の旧ソ連(現ウクライナ)で起きたチェルノブイリ原発事故に続く、人類史上3度目となるメルトダウンは起こらず、敷地外に放射性物質をぶちまけるようなことはなかったかもしれない。これは、私の意見ではなく、原発のメカニズムに詳しい技術者たちが「人災だ」と指摘している点なのです。

 また、もう一つ重大な過失があります。国は、原発事故の際に放射性物質が飛散する方角などを予測するシステム「SPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワーク)」や、原子炉の温度や圧力をモニターしてデータを送信する「ERSS(緊急時対策支援システム)」を持っていました。さらに、この2つのシステムが作動しない最悪の事態を想定し、国内のどこの原発でどのような事故が起きても対応できるシミュレーション・ソフト「PBS(プラント事故挙動データシステム)」も持っていたのです。言わば、第3のシステムです。

 3月11日の夜には、PBSの分析データ(なぜか、最も危険な状態だったと見られた1号機ではなく、2号機のものだけだった)が首相官邸に届けられていたのですが、専門家であるはずの原子力安全・保安院の幹部は分析データにメルトダウンへと至るシナリオが書いてあったのに、首相や経産大臣に対してまともな助言ができなかったのです。専門家としての責務を果たしていません。

 私は、四国電力の元エンジニアで、原子力安全基盤機構(JNES)に出向してERSSの改良と実用化を担当していた松野元氏にも話を聞きましたし、松野さんの紹介で東芝からNUPEC(JNESの前身)に出向してPBSのシステム設計などを担当した永嶋國雄氏にも会いに行きました。

 本では、原発で事故が起きた時のために実効性のある防災システムの開発に取り組む専門家に対して電力会社から圧力があったことなども書いていますが、実態を知れば知るほど、それはもう“痛恨の極み”でした。「なぜ、そうなってしまうのだ!」と大声で叫びたくなるくらい、残念なことばかりなのです。

>>後編『なぜ津波到達までに緊急炉心冷却装置は起動されなかったのか(下)』に続きます。

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