さらに、滋賀県は「原発の立地地元ではない」という理由で、文科省のSPEEDIのデータをもらえませんでした。嘉田元知事は、霞が関で直談判したそうですが、「避難計画にはSPEEDIのデータを使わない」などよく分からない理屈を持ち出して動いてくれない。滋賀県が独自の避難計画を発表した後になって、ようやく文科省はSPEEDIのデータを出してきたそうです。

 政府が出す事故対策には「人工的な境界線に固執して、自然現象をむりやり当てはめようとする発想」が頻出します。でも、それでは有効性のある解決策にはならない。福島第一原発事故から丸5年が経った今でも、立地地元ばかり重視する国の姿勢は変わっておらず、縦割り行政の弊害が残り続けています。

 例えば、福井県内の原発を再稼働させるために合意が必要となる安全協定では、滋賀県は“蚊帳の外”に置かれています。仮に、滋賀県が反対したとしても、福井県は再稼働できるのです。これは、隣接地域で運命共同体にある実態を考えれば、相当に奇妙な決まり事ではないでしょうか。

本を読んで感じたことは
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――烏賀陽さんは、対談本を含めれば、これまでに国内外で計7冊の原発関連書籍を出してきました。ご自身は、原発の是非をどう考えているのですか。

 私は、原発否定論者ではありません。原発というものは、「安全に運転されている限りは、有益なエネルギー源であるはずだ」と考えてきました。その前提が、福島第一原発事故で崩れてしまったことから、このまま日本はどうなってしまうのかと不安を覚えました。私は、米国の原発関連施設などの取材もしてきましたが、日本のクローズドな現状を考えると、暗澹たる気持ちになります。

1979年、世界初となる「メルトダウン(炉心溶融)事故」を起こした米スリーマイル島原発は、ニューヨークから約270キロメートル、ワシントンD.C.から約160キロメートルに位置する。当時、事故を起こした2号機は廃炉となったが、事故を起こさなかった1号機は85年に再稼働して今も運転が続けられる Photo by Hiro Ugaya

 日本の電力会社の立場になってみると、「どうせマスコミは悪いことしか注目しないし、書かない。だから、本当のことは教えないことにしよう」と考えるようになります。そもそも、原発は、軍隊と同様に権力を持つ組織でなければ扱えません。権力を持つ組織は、どうしたって秘密主義になるのです。米国でもスリーマイル島原発事故が起こるまでは、秘密主義だったそうです。しかし、今日では、外国人であっても、かなりのところまで情報が開示されます(安全保障上の理由から、米国人でなければ立ち入り禁止という施設もあります)。

 そう言えば、朝日新聞の記者だった20代の頃に、中部電力の浜岡原発(静岡県)の見学会に参加したことがあります。当時はエネルギーの知識がなかったこともあり、私は「原子炉の中で原子爆弾の爆発と同じことが起きているなんてすごいですね」と発言したら、当時の所長から「原爆と原発を一緒にするとは何事か!」と烈火のごとく怒られました。私は、コントロールする技術力の高さに敬意を表したつもりだったのです(苦笑)。後に私は、米国で、核兵器と原発は“双子の兄弟”であることを学びましたが、日本では違うのです。