そのことが理解できていれば、「着古した古着より、ファッション雑誌がほしい」という被災者の気持ちも分かるだろう。アポなしで仮設住宅に押しかけて、一方的な善意を押しつけることが被災者の尊厳をどれだけ傷つけるかも理解できるだろう。

 もちろん、東北の被災者もいろいろだった。「善意で送ってくれたものは、何でもうれしかった」と話す人もいる。つまり、被災者と言ってもさまざまだし、同じモノを送っても受け取り方はさまざまということだ。だからこそ支援する側も、そのような現地の人々のことを念頭に置きながら、「何がこのタイミングで必要なのか」をしっかりと考える必要がある。

 今回の熊本地震に関しては、いまだ「緊急支援の段階」なので、必要とされるモノも比較的分かりやすい。熊本市のウェブサイトにも「必要とされるもの」リストが掲載されている。

以下、引用(「熊本市ウェブサイト」より)


【必要物資】
長期の避難生活に必要なもの
・飲料水
・アルファー米(断水のため炊飯ができません)
・カップめんなど保存ができる食料品
・ウェットティッシュ
・おしりふき
・生理用品
・紙おむつ(大人用、子ども用)
・トレットペーパー
・粉ミルク
など
※なお、配送に時間がかかる場合がありますので、生ものや傷みやすいものはご遠慮ください。


 当面はこれらの物資を送っておけば、まあ間違いはない。しかし、それで万全というワケでもない。このような大災害時には、自衛隊や警察、あるいは日本赤十字のような大きな組織が動くし、必要な物資も彼らが概ね運んでくれる。しかし、行政や大組織の支援活動、救援活動には、どうしても取りこぼしというか、きめの細かさに不足が出る。

小回りが利き、特定の被災者ニーズを
汲み取れる支援の必要性

 東北のケースでは、ある漁師は自宅が高台にあり、津波被害から逃れられた。しかし、漁船も漁具も流され、仕事が全くできなくなった。なのに、自宅が倒壊もせず津波被害にもあってないということで義援金はまったく支給されず、救援物資も配給されなかった。そんな彼の家族に支援の手が届くのは震災から1年以上経ってからのことだが、「津波で家を流された人たちは、避難所や仮設住宅に入って、義援金をもらい、食料や衣服も十分に支給されていたけど、自分たちには1年以上、ただの1円も支援が回ってこなかった」と僕に語ったときの、遠くを見つめながら浮かべていた、寂しそうな悔しそうなその表情がいまも忘れられない。