近年、アジアのインバウンド需要をわしづかみにしてきた九州の観光産業。だが、観光客を地方へ運ぶ九州新幹線の復旧のめどは立たず、旅行各社はにっちもさっちもいかない状況だ。
Photo:読売新聞/アフロ
さかのぼること5年、九州旅客鉄道(JR九州)は悪夢に苛まれていた。九州新幹線の全線開業を翌日に控えた3月11日に、東日本大震災が発生。あらゆる記念式典の自粛を余儀なくされてしまったのだ。
そして今、悪夢が再びJR九州に襲い掛かろうとしている。彼らにとっては、国鉄民営化以来の悲願である、株式上場計画に暗雲が垂れ込めているのだ。
JR九州は、2016年度中の上場を目指している。今年年初に、鉄道建設・運輸施設整備支援機構が、保有するJR九州株式の売り出しを担当する主幹事証券を決めたばかりで、株式市場では、早ければ今秋上場との期待が高まっていたところだった。
そもそもJR九州は、東日本旅客鉄道の山手線、東海旅客鉄道の東海道新幹線のような“ドル箱路線”を持たない。本業の鉄道事業で営業赤字を垂れ流しながら、駅ビル・ホテルや分譲マンションなどの多角化事業により、やっと営業利益を確保している状況だ。
昨年6月にJR会社法改正案が閣議決定され、国が事実上、上場にゴーサインを出したのも、“黒字経営”が前提となっている。
ところが、である。今回の熊本地震で新幹線・在来線が被災したことにより、このシナリオが脆くも崩れ去った。
二つのリスクがある。一つ目は、JR九州が手掛ける本業や関連事業の収益悪化である。ある旅行会社幹部によれば、「新幹線の全面復旧は6月いっぱいかかる」とのこと。となれば、当分、新幹線を大動脈として、毛細血管のように観光列車で九州の隅々まで観光客を行き渡らせる「JR九州モデル」は成り立たない。当然ながら、ホテルなどの関連事業も大打撃だ。
二つ目のリスクは、損壊した鉄道設備の修繕費用だ。
JR九州は、震災時に備えて土木構造物保険に加入しているのだが、その適用範囲を超える負担金額がどこまで膨らむかが焦点になりそうだ。九州新幹線は、鉄道・運輸機構が施設を所有し、JR九州が貸し付け料を支払う「上下分離方式」を採っている。保険適用外の費用負担は、JR九州と鉄道・運輸機構との協議で決めることになる。
ただし、在来線に関しては、JR九州が100%所有しているので、修繕費用を全額負担しなければならない。
熊本地震がもたらした被害の爪痕は深く、JR九州の黒字経営に赤信号がともっている。そうなれば、上場計画は遠のいてしまうことにもなりかねない。