徹底した「性善説」なのに
フリーライダーから裏切られない不思議

「我々は来る者は拒まないし、去る者は追わない。だからあなたたち日本人にも気軽に寺院に来て、食事をとっていってほしい。そしてそれを感謝してくれるのなら、礼拝所で食事への礼を言ってほしい」と、シークの男性に言われた。

 礼拝所では、テーブルいっぱいに広げられた巨大な1冊の経典を、僧が一心不乱に読んでいる。その言葉は神の言葉であり、それを聞くこと自体が彼らにとっての宗教活動になる。

 しかし、筆者には疑問があった。シークという集団から「食事」という利益を無料で受けられるのは、信者による寄進とボランティア活動があってのことだ。中には、寄進もボランティアもしないで、集団からの利益のみを得ようとする「不心得者」や「フリーライダー」もいるだろう。

 社会生物学から経営学に至るまで、「集団への自発的協力」は重要な問題である。現在の理論では、集団への協力は、「タダ乗り者への罰システム」がない限り、うまくいかないとされている。しかし、そのシーク教徒の男性は、

「タダ乗りする者がいてもいいんだ。彼らが将来シーク教によって救われたと思ってくれればね」と話した。

 つまり「タダ乗りする者を罰するシステム」はないという。現代社会生物学の理論上、こういった集団は存続することはできないことになっている。つまり、シーク教が組織として500年に渡り存続していること自体が、学問的には興味深い謎である。

 シーク教の人々は基本的に他の人々の善意を信じている。それがたとえ他宗教の人々であってもだ。この「性善説」に基づいた考え方を持っている代表的なビジネス組織が2つある。グーグルと、ブラジルのコングロマリット・セムコだ。

 グーグルは基本的に社員の自発的アイディアとそれに賛同する人々で、様々なプロジェクトを行う。労働時間の2割は自分の好きなことをしてもよい。それ以外にもいろいろあるが、すでに有名な事例なのでここでは詳しく述べない。

 セムコは、中小企業を引きついだリカルド・セムラー氏が、大胆な改革を行って急激に業績を伸ばしてきた会社だ。そのポリシーは、「社員を大人として扱う」「毎日が休日のように社員が思える会社にする」というものだ。そして、社内の意思決定を徹底的に民主化し、例えば役員会議でも、一労働者が発言できるようにしている。週休4日を望む社員がいればそのような契約を行う。上司と部下の区別はなく、基本的にすべてフラットである。

 それでいて現在は従業員3000人以上を抱えるコングロマリットとして、なお成長を続けているのだ。

 上記の例のような少数の企業やシーク教のあり方は、ある種「理想的集団」であるが、それは学問上の理論的予測によると「一時的」でしかない。このような集団はやがて崩壊するというのが、通説だ。

 しかし、シーク教は16世紀から続き、世界中に寺院がある。また、グーグルもセムコも、今のところは成長を続けている。ここに、理想的集団の謎を解くカギがありそうだ。