アイウエアブランド「JINS」を展開するジェイアイエヌは、2010年12月に中国遼寧省瀋陽市に海外第1号店「JINSヤマダ電機瀋陽店」を出店して以来、積極的な中国展開を進め、大きな成果を上げている。経済・社会・文化的背景が異なる中国において、なぜここまでビジネスを拡大できたのか。著書『中国民主化研究』で中国の深層に切り込んだ加藤嘉一氏が、同社代表取締役社長の田中仁氏に聞いた。対談は全2回。(写真/引地信彦)

中国展開は「うまくいき始めた」

田中仁(たなか・ひとし)
ジェイアイエヌ代表取締役社長
1963年、群馬県生まれ。慶應義塾大学大学院政策メディア研究科修士課程修了。アイウエアブランド「JINS」(ジンズ)を運営するジェイアイエヌの代表取締役社長を務める。1988年にジェイアイエヌを設立。2001年にアイウエア事業に参入し、独自のSPA方式を導入したことで急成長を果たす。2011年には「Ernst&Young ワールド・アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー2011」モナコ世界大会に日本代表として出場。2013年、東証一部に上場。著書に『振り切る勇気』(日経BP社)がある。

加藤 田中さん、ご無沙汰しております。これまで、メールでいろいろなやり取りや意見交換をさせていただきましたが、このように面と向かって中国について議論するのは本当に久しぶりですね。中国に1号店を出されたときから、中国では5年で100店舗の出店を目指すと宣言されていた記憶がありますが、中国情勢は変わるなかで、5年で100店舗の目標に修正はありませんか。

田中 100店舗は今年中に達成する予定です。1年ほど遅れましたが、ほぼイメージ通りに拡大しています。中国の方は消費欲がとても旺盛ですよね。日本だと最も安価なラインが4900円(度付きフレーム価格)ですが、中国で一番安価なのは399元なので約7200円です。つまり、日本より3000円ほど高い。スターバックスのラテも、日本では370円くらいですが、中国では一杯30元(約600円)です。それでも、蘇州のスターバックスには行列ができています。中国の成長は止まったとも言われていますが、特に中間層の消費は変わらず活発だと思います。

加藤 中国の人たちに聞くと、御社の商品の価格やデザインへの評価も高く、すんなりと中国市場に入っていかれたような印象を持っています。中国に出店した当時は「人材確保が課題」とおっしゃっていましたが、現状の課題について教えてください。

田中 先日、中国の蘇州で行った、全国の店長会議に参加しました。全国から67名の店長が集まりましたが、中国の店長たちは、以前はお辞儀をして挨拶する、「いらっしゃいませ」を言う、といったサービスに関する教育をほとんど受けていませんでした。しかし、お客様によいサービスを提供することがなぜ必要かの背景を伝えると、積極的に取り組んでくれるものです。「不測の事態があったときにいつでも対応できるように準備しています」「従業員に情報漏洩や不正があってはならないということを常にスタッフに教育しています」という店長が育ってきています。

加藤 みなさん現地の方ですよね。そうなると、人材確保についてもうまくいっているということでしょうか。

田中 うまくいき始めた、という表現が正しいかもしれません。日本もそうでしたが、JINSというブランドに対する理解や、従業員がまずJINSのファンになるための教育をしないままに急速に成長したことにより、歪が生まれました。そこで我々がどのような価値をお客様に伝えたいのか、というビジョンを教育することに注力し、それからは少しずつ変わってきました。

加藤 日本に帰ってくると、インバウンドで中国からの観光客がものすごいインパクトをもたらしていると感じさせられます。日本国内の店舗にもたくさんの中国人が訪れていますが、彼らにはどのように対応しているのでしょうか。また、以前「社内のダイバシティを促進する」というお話をされていましたが、現在の進捗はいかがですか。

田中 正確な人数は公表していませんが、当社にはたくさんの中国人スタッフがいます。また、欧州やアジアに出向き、直接新卒採用を行っています。先日、ある方が「東京駅グランルーフ フロント店」に訪れた際、スタッフの半数が外国人スタッフで驚いたと仰っていました。また、「JINS MEME Flagship Store 原宿」にも英国人が常在しており、昨年発売した3点式眼電位センサー搭載のアイウエアの販売を担っています。

加藤 それはグローバル展開も視野に入れた取り組みですか?

田中 いつ欧州に出るかわかりませんが、JINSのDNAを継承することができる現地スタッフで立ち上げから行うのが一番よいと思っています。日本に興味のある欧州人も多いため、一定割合は日本で採用しています。

中国人にとって魅力ある、勝てるブランドであり続ける

加藤嘉一(かとう・よしかず)
1984年生まれ。静岡県函南町出身。山梨学院大学附属高等学校卒業後、2003年、北京大学へ留学。同大学国際関係学院大学院修士課程修了。北京大学研究員、復旦大学新聞学院講座学者、慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)を経て、2012年8月に渡米。ハーバード大学フェロー(2012~2014年)、ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院客員研究員(2014〜2015年)を務めたのち、現在は北京を拠点に研究・発信を続ける。米『ニューヨーク・タイムズ』中国語版コラムニスト。日本語での単著に、『中国民主化研究』『われ日本海の橋とならん』(以上、ダイヤモンド社)、『たった独りの外交録』(晶文社)、『脱・中国論』(日経BP社)などがある。

加藤 日本では、中国経済の成長はもう終わった、ハードランディングも近い、環境汚染がひどいなど、ネガティブな情報ばかりを耳にします。ただ、傍観者的な立場で中国のことを“評論”しているだけでは済まない状況にあることも確かです。

 たとえば、中国の株式市場はいまだ開放的にはなっていませんが、同市場をめぐる一挙手一投足がグローバル経済に切実なインパクトを与えている感があります。国際社会がそれだけ中国を気にしているということであり、中国経済や市場の動向次第では自国の経済社会も深い影響を受けると覚悟しているからこそ、敏感に反応するのでしょう。私たちにとって、中国の実態経済を正しく認識できないことはリスクと言えますし、特にグローバル展開する企業戦略に直接的な影響を与えるのではないでしょうか。

 統計データや基準設定の問題はありますが、中間層は確実に伸び、現在人口の3割は超えていると言われ、都市化率も50%を超えてきています。また、李克強首相の公開発言によれば、農民工、すなわち都市部で暮らす農民が約2.5億人います。彼らは都市戸籍を持たないがゆえに、現段階では十分な公共サービスが受けられないでいます。これから戸籍改革が進み、彼らが現地政府から教育・住宅・医療・福祉といったサービスを受けられようになれば、消費力・消費欲は格段に向上するでしょう。この文脈において、私は、中国経済にはまだまだ成長の余地やポテンシャルが残されていると考えています。問題は、それらをどのように発揮していくかですね。

 田中さんは、中国経済がこれからどうなると考えており、それによってどのような対中戦略を持っていらっしゃいますか。

田中 エコノミストではないのでデータに基づいているわけではありませんが、おそらく、これまでのように8%、10%という経済成長は望めないとは感じています。一方で、われわれの提供する、手に届く価格でデザイン性のあるライフスタイル商材を好む中間層は、これからまだまだ増えてくると思います。彼らの消費欲が落ちる感覚は、現地の方々も持っていないのではないでしょうか。日本のメディアからの情報と、現地に滞在中の執行役員からの情報のギャップがとても大きいと感じています。そのため、いまのところ中国でのアクセルを緩めることは考えていません。

加藤 賃金や物価の上昇なども言われていますが、影響はありませんか?

田中 人件費の高騰は原価率のアップにつながりますが、これは仕方ないことだと考えています。だからといって、中国以外で同程度の物量をこなせる国があるというと、ないのです。ベトナムやフィリピンがよいとよく言われていますが、ポスト・チャイナにはなり切れていないように思います。

加藤 「チャイナ・プラス・ワン」として中国以外の拠点を求める動きが出てきて久しいですが、認識や行動を含め、ふたたび中国に戻って来ている企業も少なくないような感覚を持っています。中国人の消費欲は旺盛だし、労働者にはハングリー精神もあります。消去法というわけではありませんが、彼らに一緒に頑張っていこうという「共働」のメッセージを送れば、志を共にできると私は感じています。

田中 中国の方が日本人とうまくやっていけないかというと、そんなことはないと私も思います。これは世界共通かもしれませんが、大前提として、勝てる会社・勝てるブランドでなければ、魅力を感じてくれません。もしJINSが勝てないブランドであれば、彼らから離れていく可能性はあるでしょう。

 ただ、中国人のメンタリティについては、日本人とは若干異なっているとも感じます。ある意味では、中国の方のほうがハングリー精神旺盛かもしれません。会社に対するロイヤリティを高めるだけでなく、彼らを認め自信を付ける方法を示さなければいけないでしょう。

加藤 中国については、その傾向がいっそう強いかもしれませんね。

ビジネスの課題はどこも変わらない

田中 中国だけではありませんが、JINSは単にメガネを安売りしているブランドではなく、その背景には、われわれのコンセプトやビジョンが詰まっていることをもっと伝えていきたいと思っています。

加藤 北京が中心ですが、私がJINSさんの店舗に入るとき、日本の感覚と大差ないという印象を受けます。日本でもお客さんとの適度な距離感を意識されていると思いますが、中国でも似た心地よさを感じました。とても教育が行き届いている印象です。その一方で、中国に進出した日本企業は難しさも口にする傾向があります。李克強首相などは規制緩和などを口にしていますが、田中さんからご覧になって、中国政府に望むことがあるとすれば、それはどのようなことがありますか。

田中 基本的に、中国ビジネスの課題は日本とさほど変わりません。マネジメントできる人材層の育成を加速することが課題といえるでしょう。ただし、中国という国単位で見たときに、やはり外資規制という特有の問題には直面します。配当以外で利益を持ってくることが難しいなど、いくつかの重要な規定がありますよね。そのあたりがグローバルスタンダード化すればよいとは思います。

加藤 日本ではインバウンドで来日する中国人観光客の数が減少し始めている、あるいは彼らの消費額が減少し始めているとも言われます。JINSさんの取り組みを拝見していると、単にメガネを売る以上の企業文化を感じますが、中国の消費者たちに発信していきたいと思っているメッセージはありますか。

田中 中国だけではありませんが、JINSは単にメガネを安売りしているブランドではなく、その背景には、われわれのコンセプトやビジョンが詰まっていることをもっと伝えていきたいと思っています。これは日頃からスタッフにも伝えていることです。「このメガネにはビジョンやコンセプトが詰まっている。だからこそ、あなたはJINSのブランドをよく理解して、お客様に共感していただける接客をしてほしい」。これは企業の方針です。

加藤 当たり前のことを中国でもやる、ということですね。

田中 そうです、まさにそれが大切だと思います。

 後編更新は、6月17日(金)を予定。