論文を読むのが日課という「めんどくさいお医者さん」、東京大学病院の地域医療連携部にいる循環器内科専門医・稲島司先生。彼がまた、他人の生活習慣にケチをつけつつ、最新の医学の現状を語り始めた――。
最前線の医学者も注目!
人体に絶大な影響力を持つ「腸内細菌」
稲島 前回記事では、ヨーグルトの話をしましたが、ヨーグルトは「腸内細菌を整える」と期待されているようですね。
夏目 最近、細菌が話題ですよね。ダジャレじゃなく、腸内細菌とか発酵食品とか…。
稲島 夏目サンは趣味が高じて、お酒の科学の本も書いていましたが、お酒と細菌は深く関わっていますよね。
夏目 食文化の歴史は、雑菌によって食べ物が「腐る」こととの戦いでした。例えば肉が腐ると食べられなくなる。腐ったものを食べるとおなかをこわす。でも世の中には「腐らせ方によっては食べられるもの」や「むしろ腐らせた方がおいしいもの」もあった。例えば煮た大豆を藁で包むと、藁の中の菌によって大豆が腐る。これが「納豆」。あえて「腐る」と言いましたが、人間にとって有用だから「発酵」と呼ばれます。
そして納豆と同様に、葡萄ジュースなど糖分を含むものを放置して細菌のチカラで腐らせるとお酒になる場合があります。細菌にもいろいろあって、多くの菌が作用すると腐っちゃうけれど、人間にとって有用な「酒精発酵」する菌が作用するとお酒になるわけです。
稲島 お酒はいつ頃生まれたんでしょうか?
夏目 仮にビールなら、紀元前数千年前ですね。メソポタミア文明の『ハムラビ法典』にも「ビールを水で薄めたら死刑やで」と、居酒屋の酔客とケチなオヤジの会話のような記述もあるんですよ。
稲島 (笑)。では、細菌が発見されたのはいつ頃でしょう?
夏目 えーと、100年ちょっと前、ロベルト・コッホでしたよね?
稲島 すなわち、人類は細菌が発見されるかなり前から、経験的に細菌をうまく使っていたことになりますね。
夏目 あ、確かに!例えば江戸期にも「醤油職人は納豆を食べるな」と言われていたらしいですよ。顕微鏡もない時代だから理由なんて分からなかっただろうけれど、経験的に「醤油蔵に納豆菌を持ち込んじゃいけない」と分かっていたんですね。
稲島 実は近年の研究も、その「経験則を見直す」方向になってきているんですよ。
夏目 というと?
稲島 もともと、医学者にとって大事なのは原因物質を探り、同定することでした。たとえばタバコを吸うと肺がんになるなら、タバコに含まれる何が影響しているかを探し、検証していったのです。実際に候補となる物質はたくさん見つかりました。しかしここ十数年「タバコを吸うと肺がんになる確率が高くなる」という調査結果さえ分かれば、対策ができるという考え方になってきているのです。
夏目 なるほどねぇ。
稲島 そして腸内細菌も「なぜそうなるかは、分子レベルでは分からない」ことだらけだけど、ヒトの健康から性格まで影響があることが示されてきています。
ヒトの体を構成する細胞は60兆個あります。一方、腸内細菌は100兆個(Nature 464:59,2010)から、多く見積もると1000兆個あると言われています。これは重さにすると約1~1.5キロにもなるんです。そして種類もたくさんあります。数百種類以上の細菌が人体の中でそれぞれ、集まって生息しているんです。その様子は花畑のようだということで、「腸内フローラ」なんて言い方をすることもありますね。
夏目 フローラって、花畑の意味だったんですね!
稲島 細菌たちは腸内にただ住んでいるだけでなく、ヒトの体全体に大きな影響を及ぼす存在なんです。当然、病気や健康にも関わる。「もう1つの臓器」と言う人もいるくらいです。