唾液はどこから出ているのか?、目の動きをコントロールする不思議な力、人が死ぬ最大の要因、おならはなにでできているか?、「深部感覚」はすごい…。人体の構造は、美しくてよくできている――。
外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、Twitter(外科医けいゆう)アカウント8万人超のフォロワーを持つ著者が、人体の知識、医学の偉人の物語、ウイルスや細菌の発見やワクチン開発のエピソード、現代医療にまつわる意外な常識などを紹介し、人体の面白さ、医学の奥深さを伝える『すばらしい人体』が発刊された。
坂井建雄氏(解剖学者、順天堂大学教授)「まだまだ人体は謎だらけである。本書は、人体と医学についてのさまざまな知見について、魅力的な話題を提供しながら読者を奥深い世界へと導く」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。好評連載のバックナンバーはこちらから。

【世界に誇る大発明】パルスオキシメータ…ある日本人が開発した画期的な医療機器Photo: Adobe Stock

私たちは酸素不足に弱い

 新型コロナウイルス感染症が猛威を振るうなか、医療現場で大活躍する医療機器がある。それがパルスオキシメータだ。医療現場では決して欠かせない、重要なデバイスである。

 パルスオキシメータを開発したのが日本人であることは、意外に知られていない。この偉業がいかに優れたものであったか。それを知るためにはまず、酸素を取り込む体のしくみを知っておく必要がある。ご存じの通り、体を構成する臓器は、酸素が常に供給されないと働けない。

 私たちは、酸素不足に極めて弱い生物だ。では、私たちは外界からどのように酸素を取り入れているのだろうか?

 まず、呼吸によって口から取り込まれた空気が気管を通って肺に到達する。肺には細い血管が張り巡らされていて、空気中の酸素は血管の中に入り込む。血液は全身にくまなく流れ、各臓器に酸素が供給されるしくみである。

 この「酸素の運搬」という重役を担う細胞が、赤血球である。赤血球は、全身に酸素を送り届ける輸送トラックであり、その「荷台」がヘモグロビンだ。赤血球中に含まれるヘモグロビンが酸素と結合したり離れたりすることで、各所で「酸素の積み下ろし」をしているのである。

 病院には、酸素不足に陥った人が多くやって来る。例えば、新型コロナウイルスなど、感染症によって肺炎を起こした人や、気管支喘息の発作によって体に酸素が足りなくなる人もいる。

 また、毎年多くの人が餅をのどに詰まらせて窒息し、酸素不足に陥っている。その数は東京消防庁管内だけでも年間およそ一〇〇件に及ぶ。その半数以上が十二月と一月である(1)。

 この国には、年末年始に餅を食べるという特有の食習慣があるからだ。いずれにしても、体に酸素不足が起こった場面では、酸素マスクなどを使って足りない分の酸素を補わなければならない。

 では、「酸素がどのくらい足りないか」をどのように知ればいいだろうか?

 前述の通り、酸素は血液中に含まれ、全身で消費されている。よって、採血をすれば血液中の酸素の飽和度(どのくらい酸素が溶けているか)を計測できる。実際、手首の動脈に針を刺して酸素飽和度を調べる検査は、病院で毎日のように行われている。「血液ガス分析」と呼ばれる検査である。

 しかし、この方法には大きな欠点がある。「採血した瞬間」の状態しかわからないことだ。その一分後に急激に病状が悪化して酸素が足りなくなっても、その変化を捉えることはできない。特に重い病気ほど、病状は刻一刻と変化する。

「あなたは肺の重病で、いつ急変するかわかりません。今日は一分おきに採血しましょう」などといわれたら、たまったものではないだろう。

 欠点はもう一つある。意識がない人の「酸素が足りないこと」を知るのが難しいことだ。例えば、全身麻酔手術の最中は呼吸を完全に止め、人工呼吸器で空気の出し入れを行う。この間、もし肺に何らかのトラブルが起こっても、患者は「息苦しさ」を訴えられないのだ。

 血圧や脈拍、体温を測定するのと同じように、体に傷をつけることなく酸素飽和度を知ることはできないか。かつて、その難題に挑んだ日本人がいた。