患者情報を外部に出さないため、一般企業以上に病院のウェブ環境は閉鎖的。劣悪なIT環境の中で仕事を強いられている医師たちは多い。そんななか、京大病院が乗り出したのは、クラウドプリンティングシステムの導入だった。セキュアなネット環境は、今後の医療サービスの拡大にも寄与しそうだ。

 USBメモリの使用は禁止。インターネットも使わせない――。今どき、こんなIT環境下での仕事を強いられていることも多い病院の医師たち。患者情報を外部に漏らしたくない一心で、こんなガチガチのシステム構築にしてしまっているのだ。京大病院もご多分に漏れず、仮想デスクトップを使用したシステムを構築しており、院内からネットの閲覧はできるものの、プリントすることはできなかった。プリントとは、外部のウェブからのデータを自前システムの中に取り込む行為だから、危険度が高いのだ。

 そんな中、現場の医師たちは懸命に“抜け道”を探すことになる。こっそり自分のパソコンを持ち込んでネットワークにつないだり、USBメモリで密かにデータをコピーするなどしてしまうのだ。「医師たちも悪意があるわけではない。硬直的なシステムでは仕事に支障が出てしまうから、抜け道を探すことをしてしまう」。京都大学医学部付属病院で医療情報企画部長を務める黒田知宏教授は、こう話す。一方的に禁止をすれば、破られるだけなのだ。

情報漏洩や医療ミスの危険も
運用が難しい病院のIT環境

 しかし、その代償は時に大きい。京大病院では2008年、医師が研究のために持ち出した患者情報の入ったUSBメモリがひったくりに盗まれ、新聞沙汰になったことがある。また、無線LANへの不用意なアクセスも危険極まりない。たとえば、輸血バッグのバーコードリーダーも、無線LANで運用している。単なるネットワークの話といえばそれまでなのだが、病院の場合は、人の命を預かる仕事。情報インフラに支障が出れば、輸血の取り違えや投薬ミスといった、致命的な間違いにつながりかねない。

 黒田教授は「医師たちの要望には可能な限り答えれば、隠れて何かをされる危険はなくなるはず」というモットーのもと、院内の情報システム環境の改善に力を入れている。医師が「こんなデータが欲しい」と言えば、現在10人ほどいる担当者が必要なデータの選定から収集までを請け負う。今年5月から本格運用を始めたのは、クラウドプリンティングシステムだ。

 前述したようにこれまで、院内からはウェブ閲覧はできても、プリントすることはできなかった。患者に自宅近くの通院先を教えたくても、アクセスマップ1つもプリントできないのだから、当然医師たちのフラストレーションはたまっており、ちょくちょく抗議もされていたという。コニカミノルタとシスコシステムズが共同で提供したシステムによって、仮想デスクトップとは独立した、セキュアなプリントルートを実現した。