そこで、『陸王』の冒頭に出てくる部品取り(故障などで使用されずに留置されている工業製品を部品の供給源として保管すること)の話などを伺って。事前の準備はそれだけです。

――足袋を縫うための百年前のミシンを取りに行くという冒頭のシーンは、中小企業を象徴するようで印象的でした。

 ほかにも、「ランナーズ・ウェルネス」ランニングインストラクターの中川修一さんや、「ニューバランス」ランニングシューズプロダクトマネージャーの武田信夫さん、「ミズノ」グローバルフットウエアプロダクト本部開発ソーシング部の竹下豪さん、研究開発部の岡本英也さんといったシューズメーカーの方に、ランニングシューズの作り方や走り方などの話を聞きました。

 あと、ランニング業界全体はどうなっているのかなど、セミマクロ的な話も勉強させてもらいました。

 連載終了後、「コニカミノルタ」陸上競技部の磯松大輔監督に、実業団選手の練習法や日常生活について話を伺いました。

 普段、取材はほとんどしませんが、僕にしては、今回はしたほうかもしれません。

――池井戸先生の小説は、「リアリティあふれるフィクション」というのが特徴だと思いますが、リアルとフィクションのバランスはどのようにして取っているのでしょうか。取材し過ぎても縛られてしまうし、知らな過ぎてもリアリティから外れてしまいそうです。さじ加減が難しそうですが……。

 基本的に、小説のリアリティは登場人物のキャラクターにあると思っています。

 細かい事実の違いを気にする人もいるでしょうが、多くの人は、主人公や登場人物の発言や行動に共感できるかどうかが大事だと思っているのではないでしょうか。

 『陸王』の主人公・宮沢紘一が社長を務める小さな足袋屋「こはぜ屋」で、いろいろな事件が起こりますが、そのときに宮沢が何を思い、どう行動するか。

 読者が「やっぱりそう思うよね」とか、「自分だったらこうはできないけれど、そうするのが正しいよね」とか、常識の範囲で言動が正当化されるリアリティがあることが、いちばん大事だと思います。

 極端な話、靴の構造など、事実と多少違っていても、リアリティには関係ない。100%ディテールまで全て正しい小説はほとんどなくて、どこか間違っているもの。けれど、間違っているということと、小説が破綻しているということとはまた別問題です。

――つい、私たちはモデルの企業や人物、製品を探してしまいがちなんですが、『陸王』にはモデルがあるのでしょうか。

 基本的に、モデルになる人やモノはありません。そういうものがあると、逆に書くのが難しい。登場人物の「リアル」から離れていくような気がします。