リーマンショックの衝撃を経て、ホンダは原点回帰の長期ビジョンを打ち出した。「よいものを早く、安く、低炭素でお客様にお届けする」──。あえて「安く」の言葉を入れた意味は何なのか。失いかけていた原点とは何なのか。ホンダはどこに向かっているのか。(「週刊ダイヤモンド」編集部 臼井真粧美)
11月30日に開幕するタイのモーターショーでホンダは新興国市場向け低価格小型車「アンダーフィット」のプロトタイプを発表する。2011年にインドとタイで発売を予定する同車は、じつは1年前に開発中止の危機に瀕していた。直接的な原因は為替だ。インド向け車両は日本やタイから供給される部品が多かったため、開発当初よりもインドのルピーが安くなったことでコスト目標をクリアできなくなり、開発をすべて見直す判断に迫られたのだ。
二輪車メーカーとして出発したホンダは国内最後発で四輪車に参入し、競合が居並ぶなかで性能に優れた軽自動車を他社よりも低価格で投入して消費者の心をとらえた。その後は業界再編に距離を置いて独立独歩で世界的メーカーに成長した。にもかかわらず、大企業となったホンダはかつてのようにニーズに応える低価格車を開発できなくなってしまっていた。
今年7月、就任から1年を経て開かれた会見で伊東孝紳社長は次の10年の方向性へのメッセージを「よいものを早く、安く、低炭素でお客様にお届けする」とした。「安く」という言葉を使うことにブランドイメージの低下を懸念する社内の声もあったが、この言葉にこだわった。「社内の目で価格を判断するのではなく、お客様の期待を超えるリーズナブルな価格を目指す」。「安く」の言葉に「お客様の視線」という当たり前ながら見失いつつあった原点回帰の思いを込めた。
08年央までホンダは他社同様に自動車バブルに踊った。米国を中心とした先進国では高級車や大型車など利益率の高いクルマが飛ぶように売れた。米国で展開していた高級車「アキュラ」は全世界展開に向けた計画が進んでいた。しかし08年秋、リーマンショックを機に自動車バブルははじけ飛んだ。