大企業のイノベーションは、ほとんどがトップダウン

茂木健一郎(もぎ・けんいちろう)
1962年、東京都に生まれる。脳科学者、理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学の研究員を経て現在はソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。「クオリア」=感覚の持つ質感をキーワードに「脳と心の関係」を研究している。2005年に小林秀雄賞、2009年に桑原武夫学芸賞を受賞。著書に『走り方で脳が変わる』(講談社)、『脳とクオリア』(日経サイエンス)、『心を生み出す脳のシステム』(NHK出版)、『ひらめき脳』(新潮新書)ほか。2015年刊では『結果を出せる人になる!「すぐやる脳」のつくり方』(学研)、『頭は「本の読み方」で磨かれる』(三笠書房)などがある

茂木 そもそもPepperの開発は、どういうふうに始まったんですか?

 あれは、ソフトバンクグループの孫社長が「人に愛されるロボットを作りたい」とおっしゃったところから始まったんです。私はもともとトヨタの社員で、ソフトバンクアカデミアという孫社長の後継者育成機関に外部生として参加していたんです。そこから、「うちに来てロボットを作らないか」と言っていただき、ソフトバンクに転職しました。

茂木 Pepperのプロジェクトって、最初から予算がどーんとついたんですか?

 いや、最初はそんなに大きなプロジェクトではありませんでした(笑)。定期的に、「こういうことができるようになりました」とデモンストレーションをして、成果を認めてもらうことで、少しずつ人員や予算が増えていったという感じですね。今やっているロボット・ベンチャーの資金調達と一緒ですよ。投資家に作ったものを見せて、「いいね」と思われたらファンドレイジングできる。

茂木 僕は予算の付け方って、企業内でイノベーションが起きるかどうかに大きく関わっていると思うんですよ。企業じゃなくて大学の例だけど、僕が見ている限りけっこう“悪平等”なんです。「グローバル化」とかそういった名目に対して、一律にお金がつく。そうじゃなくて、「この研究すごいから100億出しましょう」みたいなメリハリがないと、ぐんと研究が進むことはありえない。事業もそうですよね。それで、イノベーションのスピードが落ちてるんじゃないかと思うんです。

 たしかに、そうかもしれません。大企業のイノベーションで成功するパターンって、ほとんどがトップダウンなんです。それは、予算も含めて思い切った采配ができるからだと思います。そうなると創業社長など、強烈なリーダーシップをもった経営者がいる企業でしか、イノベーションは起こりづらい。その点、孫さんは最強の経営者だと思います。

茂木 現場からボトムアップでのイノベーションは難しいということですね。

 でも、Googleなどを見ていても、ニュースになるような革新的な成果って、買収した企業のものばかりですよね。歩行ロボットのボストン・ダイナミクス(Atlas, The Next Generation https://youtu.be/rVlhMGQgDkY)とか、トップ棋士に勝利したアルファ碁のディープマインド社とか。社内の一事業部がイノベーションを起こした、みたいな話はあまり聞かない。

 そうなんですよね。私は、かならずしも大企業がイノベーションを無理にやる必要はないと思っています。大企業というのはそもそも、組織構造の面から見てイノベーションを起こしづらいからです。ある程度企業規模が大きくなると、たくさんの人を雇用して、管理を強化しないといけない。

 それに、成功するかどうかわからないゼロイチの事業に賭けるよりも、効率的に今ある事業で利益を出していくほうが重要になっていきます。また、社内で事業を立ち上げる時には、最初に投資した金額を回収できるような事業計画を立てないといけません。でも、スタートアップで事業をやるときは投資してもらったお金を商品・サービスの売上で回収する必要はない。企業自体の時価総額が上がれば、それでいいわけですから。

茂木 大企業とスタートアップのイノベーションは、根本的に違うんですね。

 だから、イノベーションはスタートアップで起こして、それを大企業が買収して育てるというのはきれいな流れだと思います。