ゼロイチをやるならベンチャー企業──。これは、しごく真っ当な認識です。ベンチャーとは「冒険的な企て」という意味。冒険的な新事業を立ち上げるわけですから、存在そのものがゼロイチ。そして、すべてのリソースを、ゼロイチに投入する組織だからです。しかし、それだけがゼロイチのチャンスをつかむ「道」ではない、とPepper元開発リーダー・林要さんは言います。大企業でこそ、大きなゼロイチに携わるチャンスもあるのだ、と。ただし、そのためには、「会社」というもののメカニズムを理解しなければなりません。それは、どんなメカニズムなのか?林さんの著書『ゼロイチ』から抜粋してご紹介します。

「会社という仕組み」をハックすれば、<br />やりたいことができる!!<br />

 

「イノベーションのジレンマ」が出発点である

 ゼロイチをやるならベンチャー企業──。
 これは、しごく真っ当な認識です。

 ベンチャーとは「冒険的な企て」という意味。冒険的な新事業を立ち上げるわけですから、存在そのものがゼロイチ。そして、すべてのリソースを、ゼロイチに投入する組織です。だから、ゼロイチを志すならば、ベンチャー企業で働くのは、きわめて理にかなった選択だと思います。

 しかし、僕はそれだけがゼロイチのチャンスをつかむ「道」ではないと考えています。ベンチャー企業でなくても、ゼロイチのキャリアは積める。またベンチャー企業でないからこそ、やれることもある。これが、トヨタとソフトバンクという大企業で経験を積んできた僕の実感なのです。

 ただし、前提として覚悟しておくべきことはあります。
 それは、「イノベーションのジレンマ」を企業が抱えていることは前提である、ということです。すでに成功した事業をもつ企業のなかで、ゼロイチを成功させるのは確かに難しい。しかし、この現実を嘆いても仕方ありません。むしろ、それを出発点にして覚悟を決め、準備をするべきです。

 会社というもののメカニズムを知れば、それが避けようのない現象だとわかります。その企業が存在しているのは、保守本流の「古いもの」で成功をして、安定した収益を確保しているからです。つまり、「古いもの」があるからこそ、存在できているわけです。ところが、「新しいもの」は多くの場合、「古いもの」を否定する側面があります。そこに強い抵抗力が働くのは当然なのです。

 ウォークマンがiPodに駆逐されてしまったのが、わかりやすいケースです。当時、ソニーもiPodと同じようなアイデアの製品化を進めていました。技術力、デザイン力でソニーが劣っているわけではありませんでした。では、なぜアップルに負けてしまったのか?

 ソニーには守るべき「古いもの」があったからという見方があります。自社所有の音楽や映画などのコンテンツが違法にコピーされることを防ぐため、使い勝手の悪いエコシステムになってしまった。その結果、守るべき「古いもの」をもたないアップルに負けてしまったというのです。

会社では常に「古いもの」が力をもつ

 もちろん、これは経営判断の問題です。
 もしも、当時のソニー経営陣が断固として「舵」を切れば、事態は異なった展開をしたかもしれません。しかし、その場合でも、開発現場は、「古いもの」からのプレッシャーと直面せざるをえなかったに違いありません。

 なぜなら、「古いもの」こそが、その会社の収益源だからです。「新しいもの」は常にバクチ。成功するかどうかは、やってみなければわからない。その不確実な事業に、「古いもの」で獲得したリソースを投入するわけですから、「古いもの」が圧倒的な発言力を有するのは当然。会社では、常に、「新しいもの」は「古いもの」より劣勢に立たされるものなのです。

 それに、たとえ「新しいもの」が成功したとしても、利益を生み出すまでには時間がかかります。その間、会社の屋台骨を支えるのは「古いもの」。「シナジーを生み出そう」などという掛け声とともに、「新しいもの」の純度を損ねるような圧力がかかるケースも散見されます。多くの会社で新規事業がつぶれていく最大の要因は、ここにあるとさえ僕は思っています。 

 だからこそ、会社でゼロイチを実現させたければ、経営トップが相当の思い入れをもって、強いリーダーシップを発揮するのが不可欠なのです。トップが「我が社ではイノベーションが足りない」と言って、ボトムアップでイノベーションを提案させる仕組みをつくったところで、結局はトップがその提案を自らすくい上げてリーダーシップを発揮しない限り、新規事業が成立することは難しいでしょう。

 しかも、たとえ、そのようなトップリーダーに恵まれたとしても、ゼロイチのプロジェクト・メンバーは、社内で劣勢に置かれるという現実に変わりはありません。この力学を認識しなければ、社内の軋轢に押しつぶされてしまうでしょう。