自身のランニング体験について綴った『走り方で脳が変わる!』を出版した茂木健一郎さんと、感情認識ロボットPepperの元開発リーダーで、現在はGROOVE Xという会社を立ち上げて新たなロボットを作っている林要さんの対談が実現。第1回は林さんの著書『ゼロイチ』をもとに、日本企業でイノベーションを起こすにはどうすればいいのか、を探る。(構成:崎谷実穂、写真:榊智朗)

ステルスで開発して、いきなり実物を披露する時代

茂木健一郎さん(以下、茂木)『ゼロイチ』、おもしろく読ませていただきました。この本は、組織内でイノベーションをどう起こすかということに軸をおいていますね。

林要さん(以下、林) はい。私自身が、トヨタやソフトバンクで働いていたときに、大企業の中でイノベーションを起こすのは組織構造的にむずかしいと痛感していました。だけど、なんとか実現したいと試行錯誤する中で、その困難を突破するにはどうすればいいか、も見えてきた。ひとりのサラリーマンが、組織内でイノベーティブな仕事を実現するうえでのコツをまとめたのが『ゼロイチ』です。ゼロからイチをつくり出すのは起業家が多いと思いますが、この本は組織人に向けて書いています。

茂木 なるほど。イノベーションをテーマにした本はたくさんありますが、読者の属性としては、起業家よりも会社員の方が多いでしょうから、読者の皆さんにとって「ため」になる内容が多いと思いました。僕は大阪大学大学院工学研究科で長らく授業を担当していて、そうしたところの学生はいまだに大企業志向が強いんですよね。慎重で堅実なタイプが多い。そんな彼らに読んでほしいと思う内容でした。

 ところで、自分で会社を立ち上げる人って、慎重で堅実というよりも、もう少しおっちょこちょいじゃないですか(笑)?

 まさに!私も『ゼロイチ』に「『おっちょこちょい』は美徳である」という章を設けたくらい、おっちょこちょいは大事な要素だと思っているんです。

茂木 林さんはおっちょこちょいですか?

 この流れで言うと自画自賛みたいですけど、おっちょこちょいですね(笑)。「こうあるべきだ」と思ったら、深く考えずにぱっとやってしまう。だから、大小無数の失敗をして、慎重で堅実な人々に助けられたリ、怒られたりしてきました。でも、結果的にたくさんの失敗経験を積んで、普通のサラリーマンよりもたくさんの学びを得られたという実感があります。

茂木 わかるなぁ。全力でやってみて失敗するって、学びが多いんですよね。ところが、有名大学の大学院に進学するようなエリートは、おっちょこちょいタイプがほとんどいない。もっとみんなおっちょこちょいでいいと思うんだけどな(笑)。

 ところで、『ゼロイチ』には、Pepper開発時のお話も出てきますが、Pepperについて僕が印象的だったのは、記者会見でいきなり実物が壇上に現れたこと。それまで、ソフトバンクがロボット事業をやっているなんて、発表されていなかったですよね?

 じつは、前日の夜に日経新聞にすっぱ抜かれてしまって、プロジェクトメンバーで「うわー、やられた!」って言い合っていたんです(笑)。でも、それまではステルスでプロジェクトを進めていました。

茂木 それはすごくよかったと思います。スティーブ・ジョブズがマッキントッシュやiPhoneを開発していた時も、ずっとステルスでやっていて、出荷直前で発表した。すごいインパクトだったですよね。このやり方を、日本企業ももっと学ぶべきだと思うんですよね。例えば、アメリカの青年が自動運転を実現した動画をいきなりアップして、話題になったでしょう?

 ああ、iPhoneのSIMロック解除や、プレイステーション3のハッキングなどをやってのけた、有名なハッカーですよね。

Meet the 26-Year-Old Hacker Who Built a Self-Driving Car... in His Garage
https://youtu.be/KTrgRYa2wbI

茂木 今彼は会社を立ち上げて、自動運転車を開発してるそうだけど、今はもう「実現して、デモを見せる」ところから始める時代なんだと思います。「これから自動運転の開発に挑みます」みたいなCMを打つよりも効果的なんじゃないかな。

 う~ん、どうでしょう。ステルスは自信があるからこそ、できることですよね。これができたら、たしかにインパクトは強いですよね。だから、私が設立した「GROOVE X」ではゼロイチのロボットをつくっていますが、発売直前まで極秘で進めたいと思っています。

茂木 おお、それは楽しみですね。

 はい。ご期待ください。