山中俊治
写真 加藤昌人

 無線ICカードをかざして、自動改札を人が流れていく。この10年で駅の風景は一変した。振り返れば、難しいシステムだった。カードのデータ承認にかかるわずか0.2秒を待てずに、乗客が通り抜けようとしてしまうために、エラーが続出した。

 白羽の矢が立った。クライアントに提出したのは実験計画書だ。アンテナ部分の試作機を幾通りも準備し、改札口近くの階段に座り込んで、乗客の反応をひたすら観察した。たどり着いたのは、約13度の傾斜角と表面の発光。これが0.2秒の静止を生み出した。

 生物学、医学、機械工学などに基づく科学的分析手法を駆使し、実証を積み重ねるスタイルが真骨頂だ。「人間が使う道具」から遠ざからないから、作品は温もりや息づかい、ひいては音楽や哲学すら体感させる。

 「美しさと機能、芸術と科学を一つのモノのなかで絶妙なバランスで調和させるのが、デザイナーの仕事だ」――。裏返せば、科学や技術はデザイナーの美意識を得て、モノとなり、社会化されるのだ。

 卓越したデッサン力を讃える声も多い。ヒューマノイドを手がけた際の、骨や関節の動きをスケッチした習作は、十分に美しく、芸術作品として堪える。

 画家としての写実力はもとより、さまざまな学問と技術の知識を持ち、幅広い分野で足跡を残したレオナルド・ダ・ヴィンチもこうした美意識を持っていたに違いない。

(ジャーナリスト 田原 寛)

山中俊治(Shunji Yamanaka)●プロダクトデザイナー。1957年生まれ。東京大学工学部卒業後、日産自動車デザインセンターを経て独立。東京大学工学部助教授を務めた後、リーディング・エッジ・デザイン設立。さまざまな工業製品を手がける一方、ロボットなど先端技術分野で科学者らと協業。2004毎日デザイン賞など受賞多数。