いまやITを活用したコミュニケーション・ツールは、業務の効率化、生産性向上には不可欠な存在となっている。しかし一方では、簡潔でスピーディなコミュニケーションばかりではイノベーションは生まれない、という指摘もある。ビジネスSNSなどを活用した働き方改革を進める中で、斬新なアイデアが生まれる組織をつくるには、どのような取り組みが求められるのか。産業能率大学経営学部で「組織と集団の心理学」や「ビジネスコミュニケーションスキル」などを教える齊藤弘通准教授に、ITツールが進化した今だからこそ問われる課題について聞いた。
「結果」だけを求めていると
コミュニケーションが浅くなる
企業の業務にITツールが浸透し始めてから、もうどれだけの時が流れただろう。この便利な道具は“スピーディで正確なコミュニケーション”という大きな宝物と同時に、ある課題を私たちにもたらした。たしかにITツールは客観的な情報(事実)の共有には大いに役立つが、より深い理解が必要なコミュニケーションとなると、まだ力不足。やはり、そのためには「対話」が必要となる。
例えば、企業のグローバル化が進み、組織が大切にする理念や価値観、行動規範といった抽象的な考えを世界レベルで共有・浸透させる必要に迫られているが、ITツールだけにその役割を任せてもうまくいかないことが多い。
その点、「対話」には情報共有はもちろん、その事実についての各人の捉え方を知ることができ、その違いを受け入れ合いながらテーマに対する理解が深められていくという効果がある。時には当初想定していなかった考え方に気づかされることもあるだろう。それこそ、対話は一方通行ではない“創造的なコミュニケーション”と言われる所以なのだ。
しかし、残念なことに、対話には時間と手間がかかる。調査研究の際、現場の関係者への聞き取りや現場の観察など、フィールドワークを中心に行っている齊藤准教授が、ある社会人大学院のMBAプログラムの学生に、“フィールドワークをビジネスに応用する際の方法や考え方”に関する講義をしたところ、受講生から次のような質問が寄せられたという。
「ある受講生が『もっと手っ取り早い方法はないんですか』とおっしゃるんですね。私は、『フィールドワークは時間もかかるし、無駄も多い調査方法ですよ』とお答えしたのですが、私はこの発言に少し“危うさ”を感じました。ビジネスマンの方々は、ゴールを見据え、そこに最短距離で突き進むように教育されてきたのですからこうした反応は当然のことかもしれませんが、ムダを一切排除し、合理的に考えるビジネスマンばかりになると、イノベーションは起きにくくなります。こうしたビジネスマンは、回り道をしながらより深い問題を発見し、それを自分の言葉で語るようなことは、あまり得意ではないかもしれません」(齊藤准教授、以下同じ)
大学の修士課程に学び直しに来るビジネスマンを見ても、ビジネスの最前線でパワーポイントの企画書をたくさん作り続けてきたにもかかわらず、論文が書けない人が少なくないらしい。
「ITツールの弊害は何かというと、きちんと構成された長いストーリーやロジックが作れなくなっていることではないでしょうか。パワーポイントなど言いたいことを簡潔に伝えられるツールは増えていますが、より深い問題意識をエピソードを交えながら相手に詳しく伝えるとか、その問題に対する解決策を適切なデータを基に論理的に説明するといったリテラシーが極端に落ちてきているように感じます」