働き方の論争をする前に、互いの実情を知ろう

 互いにわかり合えないとしても、4つの働くスタンスはそれぞれに実在する。そして、これからも働き方についての論争は続くだろう。

「仕事こそ生き甲斐」だけが正しい働き方だとされている企業では、それ以外のタイプの人は働きにくい。その結果、同種の人ばかりが集まるホモジニアスな組織になる恐れがある。多様性がなくなるデメリットを十分に理解し、対応策を考える必要があるだろう。また、個人としても、仕事に工夫を凝らし成果を上げることで、他の人より高い地位と報酬を得る可能性もあるが、仕事以外の面白いことに気づかず人生を終えてしまうこともありえる。

「ワークライフ充実」の考え方なら、夫婦ともに子育てに参加しながら、安定的に仕事に従事していくことができるので、余裕のある企業はこちらにシフトするのが良いだろう。ただし、組織には頑張りどころがある。競合との熾烈な戦い、新技術への対応、新事業スタートなど、定常運転ではない特殊な修羅場を、平時の安定的な活動しか知らない人がやり抜けるかどうかはかなり疑問である。とくにこれからは、技術革新と地政学的変化が組み合わさった大変動の時代に入るので、企業はまさに非常時の体制を作っていかなくてはならない時期でもある。定常業務と非定常業務のバランスをどのように設計していくかは大きな課題だ。

「生活のために働く」人も、生き甲斐派がいう「仕事にコミットする面白さ」に気づくことを封印するべきではないだろう。一見単調な仕事の中にも、能力を上げる機会は存在するし、実際にそのような職場から優秀なリーダーも輩出されている。お店のアルバイトから経営トップに上り詰める人もいる。確かに、これらは特殊なケースではあるが、これを一部の例外にしないためにも、企業は働く個人のスキルアップを支援する必要がある。一方で、過剰な長時間労働にならようにする配慮も必要だろう。

「少しは仕事もしている群」は、今のところ、税制の変更以外には大きな問題はなさそうだ。しかし、先述したようにクラウドソーシングなどで低賃金化が進むと、現在の仕事が奪われてしまう可能性がある。これについては、お金の問題よりも、仕事を通して生まれるコミュニティの喪失のほうが大きな問題となるかもしれない。気楽に働いて、社会とのつながりも感じられていたのに、その場が失われてしまうかもしれないのだ。また、主となる生計の担い手が、競争の激化やAIの発達などで仕事を失うリスクには備えておく必要がある。

 以上、できるだけフラットに書いたつもりではあるものの、筆者にもバイアスはあるだろう。ただ間違いないのは、人の仕事へのスタンスは千差万別であることだ。正直言って、スタンスの違う者同士がわかり合うのは難しい。ただし、わかろうとする努力をすることなしに、頭ごなしに否定するのはやめていくべきだ。「識者」が多数存在する大企業コミュニティと、中小企業コミュニティ、ベンチャーコミュニティとではまったく違う働き方があるし、柔らかいソフト産業と堅い真面目な製造業ではまるで違う。東京と地方都市などを比べた場合も別世界だ。

 働き方については、できることならいろいろ体験してみて、少なくとも互いの実情を知ったうえで話す必要があるだろう。そうでないと、いつまでたってもイメージしている「仕事の内容」がまったく違うままに、「あなたの働き方は間違っている」と否定し合うことになってしまう。

(プリンシプル・コンサルティング・グループ株式会社 代表取締役 秋山進、構成/ライター 大高志帆)