簿外預金か否か、調査に踏み込む根拠が足りない

 医師資格を持つ妻名義の口座に、インフルエンザの予防接種の報酬が振り込まれている。妻名義の口座に振り込まれるのだから、妻が行った予防接種なのだろう。この報酬は事業主である医師Hの申告漏れと判断するべきか、妻の雑収入の申告漏れと判断するべきかについて、特別調査部門で意見交換を行った。

上 田:「H医師の妻名義に1700万円も診療報酬が振込まれるけど、この振込は申告に反映していると思う?」

芝田上席:「H医師の売上は2億円以上もありますし、貸借対照表でも残高の範囲内ですし、申告に上がっているのではないでしょうか?」

上 田:「そうかね?僕は申告に上がっていないと思うんだけど」

芝田上席:「どうしてですか?」

上 田:「遠隔地の口座なんだよね。何でこんな遠い銀行口座を使ったんだと思う?」

芝田上席:「一般的に遠隔地口座は、不正に使われやすいと言われますけどね。でも、根拠がそれだけで、調査選定は難しいのではないでしょうか。毎年、担当者は資料を見ているでしょうし、今まで調査できなかった理由は、公表預金であることが排除できなかったからですよね」

上 田:「もちろん根拠は遠隔地だけではないよ。この口座には出金が一度しかないよね。恐らくこの時期(クリスマス前)からして、海外旅行にでも行ったんじゃないの?」

芝田上席:「確かにお正月の海外旅行代金の支払いなら、この頃かもしれませんね。クリスマスプレゼントの購入資金かもしれません。だからと言って簿外(売上除外した)取引とは言い切れませんよね」

上 田:「もちろん。海外旅行の資金という推定が当っていても、除外した売上ということにはならない。僕が言いたいのは、そういうことではなくて、口座には生活感が無いということだよ。事業で使っている口座なら、もう少し他の取引があってもいいと思うんだよね」

芝田上席:「たとえば、口座引落とかですか?」

上 田:「もちろん口座引落があれば、ここから経費の支払があるため、事業口座と判断がつくよね」

芝田上席:「経費の支払いが無いからと言って、簿外と言うのも難しいと思いますが……」

上 田:「僕が注目したのは手数料なんだ。前回のH医師の調査資料を見たら、調査資料に銀行の残高証明がついていたんだ。確定申告の際に税理士に提出して、資産負債調の作成資料にしていたと思うんだよね。ところが、この口座からは残高証明の手数料の支払が無い」

芝田上席:「なるほど。残高証明を取っているなら、毎年2月ごろに手数料が支払われていなければなりませんね」