「偏向教育」においては
民進党も前科あり

 たとえば、今回の舞台となっている大阪・豊中の小学校では15年ほど前、豊中市教職員組合など現場が主導となった「やりすぎ平等主義」問題が発生している。

 《豊中では長年、教員らの「評価は差別につながる」「低い評価の子供がかわいそう」などの主張で通知表や学習指導要録の評価が形がい化》(産経新聞2001年8月23日)しており、市教育委員会が通知表を3段階にするようにと指導をしても、市内の半数以上の小学校で2段階を頑なに「死守」したのである。

 ほかにも、《テストに点数を付けない教員が多数いる▽運動会で徒競走などに順位を付けない状況が二十年以上続いてきた》(同上)など、SMAPの「世界のひとつだけの花」を彷彿とさせる教育がおこなわれた。また、市内の一部小学校では、「あいさつは強制するものではありません」(産経新聞2001年9月28日)という教育理念のもと、登校時に教師が校門に立つものの、「おはよう」などと声をかけることもなく、子どもたちも無言で通り過ぎるという光景が繰り広げられた。

 こうした日教組的価値観を全否定しているのが、森友学園の教育方針だ。森友学園が運営し、園児に教育勅語を暗唱させることで知られる「塚本幼稚園」も2003年ごろは、ちびっこ相撲をやったり、幼児ラグビーをやったりというユニークな情操教育で、「朝日新聞」なんかにも取り上げられる普通の幼稚園だった。それが第一次安倍内閣の06年ごろから「愛国」に染まっていく。

 この時期に「在特会」が設立されたことからもわかるように、日教組や労組、そして「朝日新聞」に代表される左派リベラルに対する不信感が社会に広まり始めたタイミングで、「愛国幼稚園」が誕生したのは偶然ではない。森友学園は、 行き過ぎた左派リベラルへの嫌悪感が顕現した、「時代のあだ花」のような存在という見方もできるのだ。

 国会でそのあたりを徹底的に話し合うというのは、個人的には国民の利益にかなうことだとは思うが、民進党にとってはなんの利益もない。日教組が行ってきた「左翼教育」にスポットライトが当たることは避けられないし、憲法問題同様に、日教組系議員と、そうではない議員との「分断」が進むだけだ。そして、追及がうやむやに終わってしまえば、右翼幼稚園以上に本質的な問題が置き去りにされてしまう。