茨城県石岡市に住む柴田佳幸さん(35歳)と妻、美奈さん(30歳)はあの日、畑から自宅に戻る途中で地震に遭遇した。佳幸さんの背中には幼いハル君(1歳)、そして傍らには飼い犬の「のび」もいた。

 3人と一匹は自宅の軒を離れて庭先へ。地響きのような音を立てて地面が揺れたかと思うと、目の前で瓦屋根が崩れ、近所の石塀が倒れた。

 揺れがおさまるとすぐに、佳幸さんは保育園にいる長女のハナちゃん(3歳)を迎えに行った。ハナちゃんは、わけもわからず泣いていた。

 自宅に戻ると、佳幸さんは子どもたち2人をひとまず安全な車の中で遊ばせ、離れにある台所へと向かった。台所の土間には割れ物が散乱していたが、米も野菜もたっぷりあるし、ポリタンク一本分の水も汲んであった。プロパンガスも無事だ。

「そうだ、今のうちに夕飯を作っておこう」

 柴田さんはそう思い、まだ日の出ているうちから、ハナちゃんの大好きなカレー作りにとりかかった。

福島第一原発から約140キロ
妻子は一時避難するも「やはり畑のそばがいい」

 有機農業を営む柴田さん一家の暮らしを取材させていただこうと、石岡市にある自宅を訪れたのは3月7日のことだ。その4日後の3月11日に東日本大震災が起き、さらにその数日後には柴田さん宅から約140キロメートル離れた福島第一原子力発電所で水素爆発事故が起きた。

 茨城県産の農産物に関しては一時、「ホウレンソウ」「カキナ」「パセリ」から食品衛生法の暫定基準値を超える放射性物質が検出されたとして、出荷が制限された。市場では出荷制限のかかった品目以外にも、福島県産や北関東産の野菜が全体的に売れなくなるなどの影響が出始め、売れ残った野菜を安く買い叩こうとする動きも出た。インターネットで野菜を販売していた柴田さん夫妻も、しばらくの間は通常の野菜セットの販売をとりやめるしかなかった。

「このまま種を蒔いても、果たして収穫ができるのだろうか」

 夫の佳幸さんは当初、そんな不安をぬぐいきれずにいたという。美奈さんと2人の子ども、そして「のび」を東京の美奈さんの実家に一時避難させ、自分は1人残って野菜や鶏の世話を続けた。だが、ガソリンや軽油が手に入らず、農作業は思うようには進まなかった。

 美奈さんたちが自宅に戻ってきたのは、3月24日。離れている間も野菜のことが心配でしかたがなかった美奈さんは、今回の件で改めて「やはり、畑のそばがいい」と実感したという。