マスコミは表面的な、
上澄みの部分だけを取ろうとする

 薬物やアルコールは、こころやからだの痛みを一瞬忘れさせてくれる、強力な助っ人。そして、痛みのもとが消えないかぎり、なんどでも使ってしまう。いけない、このままじゃまずい、やめなくちゃ、と、本人はわかってる。それとひきかえに、生活も健康も、すべてがめちゃくちゃになってしまうからね。でも、そうこうしているうちに、それらを手ばなすことができない依存症になってしまう。頭ではわかっていても、からだがもとめてしまうようになる。意思が弱いからやめられないんだろうって思っている人もたくさんいるし、専門家ですらそんなことを言う場合もある。でも、はっきり言ってそれは、ちがう。(『生きのびるための犯罪(みち)』上岡陽江+ダルク女性ハウス・著/イースト・プレス刊)

 以上は、ダルク女性ハウスの代表、上岡陽江さんの著書にある文面だ。

 その中で、上岡陽江さんは、依存に至る背景や、自責感や孤立感がさらなる依存につながることへの理解を説く。「臭いものにはフタ」かのように社会から排除される薬物依存。その排除に、報道は大きく加担していないか。

「マスコミは表面的な、上澄みの部分だけを取ろうとする。薬物依存への理解を深めるためならと取材を受けても、面白おかしく、いいように使われることがある。(まだ回復の途中にある依存症患者の取材をと求められることもあるが)安易に当事者の取材を求めるのはやめてほしい」(上岡さん)

 どういう取材なら受けるべきか、どんな取材を断るべきか。当事者・支援者側からはその判断がつきづらい。

 ダルクは全国に施設があるが、地域によっては開設への反対運動が起こることもある。まだ厳しい目がある一方で、小さな変化も感じているという。

「2015年の秋に京都で開かれた依存症を考えるセミナーの冒頭で、荻上チキさんが『清原さんの事件に関する報道、皆さんはどう思いますか?』と言ったんです。これまでこの問題は内側から指摘してきた人がいたけれど、荻上さんのような"外側"の人が、その角度から問題に触れてくれるとは思わなかった。薬物依存を個別の問題ではなく、社会の問題として扱ってくれると感じました」