華僑が教えてくれた「秘密」

 私はぐんぐんと営業成績を上げていましたが、ひとつの難問がありました。
 契約をしてくれるのは地元資本の小さな工場のみ。香港や台湾資本の大手工場は、日本製の染料をなかなか受け入れてくれなかったのです。それらの工場ともきわめて良好な関係を築いていたにもかかわらず、です。

 訪問すると、工場長や製造部長などが歓迎してくれ、熱心に情報交換をしたものです。それでも、発注はしてくれない。「何が原因なんだろう?」と不思議でなりませんでした。1年半ほどは、ひたすら足しげく通う以外にありませんでした。

 そんなある日、台湾資本の華僑の工場長から声をかけられました。
「いつもお世話になっているから、自宅に遊びに来ないか」と言うのです。好機到来(こうきとうらい)とばかり、二つ返事で応諾(おうだく)。丁重(ていちょう)に自宅に招いてくださり、食事をしながらよもやま話をしていたときです。ふいに、彼がこう聞いてきたのです。

「君は非常に熱心にやっているね。他の工場では契約を取れているのかい?」
「いえ、ローカルのお客様とはぼちぼちなんですが、マーケットの3分の2ほどを占めている台湾系・香港系のお客様はどうしても契約していただけないのです」
 そう正直に答えると、彼は「そうだろう」とうなずき、こう続けました。
「君は若い。だから、この業界がどういうものか教えてあげよう」

 それは、こんな話でした。
 日本企業は終身雇用が前提ですが、台湾系・香港系の企業はプロジェクトごとにチームを組むスタイルです。だから、彼らはいわば“傭兵(ようへい)”。契約が終わったあとの保証は何もない。そのため、自分たちがそこにいる間に、一生懸命働いてできるだけお金を貯める必要がある、というわけです。

「君のライバルは、そのことをよく理解しているんだ」

 ここで、ようやくわかりました。彼は、リベートを要求しているのです。ストレートに尋ねると、購買額のおよそ3%。「真剣に考えます」と応えて辞しました。