施設に食堂がない理由

 さらに遠くの老人ホーム「上海延吉養老院」(Sshanghai Yangi Home for the Aged)も訪ねた。8階建てで、入居者のベッドは209。2010年5月に開設した。

 ここでも居室には、大小いろいろの家族の写真が額入りで飾られていたり、窓辺には鉢植えの花が並び、家庭的な雰囲気が濃厚だ。7年前に開かれた万国博覧会のマスコット像や周近平主席の写真入りカレンダーなども壁際にある。

 4階の居室の前のデイルームでは、入居者の息子が来訪して母親と話していた。きちんとした椅子とテーブルである。「毎日のように来られています」と施設長。

 このフロアには認知症の入居者が多い。デイルームには、上海の昔の港を写したモノクロ写真や白いたらい、黒い卓上電話、初期のテレビなどが置かれている。認知症の人への回想法として活用している。「いずれも入居者の家族が持ってきてくれました」。

 2つの施設とも、とても工夫されていることがよく分かる。ただ、課題もあるようだ。まず、居室はいずれも2人から8人までの相部屋であること。

 軽度者は2人部屋が多いが、重度になりほぼ寝たきりの人たちは7人部屋や8人部屋だった。プライバシーに配慮した個室への拘りは感じられない。

居室のベッドで昼食を摂る。紅日家園の上海延吉養老院で

 もう一つ、「上海延吉養老院」での昼食の光景にはいささか驚かされた。3人部屋を覗くと、2人が自分のベッドに腰かけながら食事を摂っていたことだ。窓に近い小テーブルで食べている入居者もいたが、居室内であることには変わらない。

 そういえば、各階のデイルームには書棚や琴などが置かれ、家族などの訪問者がゆっくり過ごせる応接セットなどもそろえ、かなり落ち着いたいい雰囲気だが、食堂らしきものはない。

 両施設とも、一階に厨房と食堂の区画があるだけで、とても全入居者が居室から出て食事を摂るような態勢ではない。みんなで一緒に食卓を囲まないのはなぜだろうか。陳社長に聞いた。

「初めは食堂を使っていましたが、入居者から嫌がられました。自分の部屋でゆっくり食べたいという要望が強かったので変えました。中国の食事文化はそういうものです」

 意外な答えだった。家庭的な雰囲気を重視するなら、他の入居者と一緒の方がいいのではないだろうか。ベッドで食べている様子はどう見ても楽しそうではない。

 だが、帰国後に中国で暮らしていた知人に聞くと「食事を一緒に摂るのは信頼関係にある人とだけ。家族や職場仲間、学生時代の友人です。施設の入居者は他人ですから」という返事だった。それでも施設では毎日、顔を合わせているのだから、単なる他人ではないだろう。

 本当のところはいまだによく分からない。