ビジネスシーンで、「数学」が注目されているという。2011年6月21日号の『日経ビジネスアソシエ』の大特集は「数学入門」。論理力や確率思考、関数思考、微分・積分やビジネス統計学、数学パズルなどを通して、数学基礎講座を展開している。
同誌は、「数学はビジネスと相性が良く、問題解決のためには最良の武器になる」と喝破している。数学によって論理的思考が培われ、速く効率的に課題を解決できるようになる、というのがその理由だ。
そんな今、高校生や大学生から火がつき、発売からまる4年を数える現在でも静かに版を重ねる数学本がある。その名も『数学ガール』(結城浩著/ソフトバンク クリエイティブ)。件の『日経ビジネスアソシエ』の該当号でも、「話題の数学本14冊」で紹介されている。筆者の手元にあるのは昨年2月発行の版だが、このジャンルでは出色とも言える14刷となっている。
この『数学ガール』、高校に入学したばかりの男子高校生が、同じ高校の才媛ミルカさんと元気少女テトラちゃんの3人で、数学の新たな世界を探訪するというものだ。彼らは様々な数式と出会いながら、その深遠さに魅了されていく。
その代表的な一例として、以下の「sinχのテイラー展開」を紹介したい。
sinχ = χ - χ3/3! + χ5/5! - χ7/7! + ……
これは冪(べき)級数展開というものだそうだが、恥ずかしながら、数学の成績がまことにお粗末だった文系の私には、正直理解に苦しむ世界である。そこで、学生時代に数学を専攻したという筆者の仕事仲間(39歳)に、この本を読んだ感想を聞いてみた。東京工業大学応用物理学科で確率論を研究していた彼は、以下のようにその魅力を語った。
「真面目に語ると堅くて敷居の高い数学の世界を、女子高生たちに語らせることによって、数学の美しさや神秘性をうまく表現している。主人公男子の淡い恋愛感情も交えることで、読者も共感できるのでは?」
ちなみに彼は、円に関係するπ2/6など、無限に並ぶ数列が1つの値に集約し、シンプルに表現できる数式に、とりわけ数学の神秘を感じたと話す。
数学と縁の薄い日々を送ってきた私には、この「数学の美しさ」というのがずっと未知なる領域であったのだが、本書を読んでその魅力の一端がわかった気がした。著者の結城氏も「数学への“あこがれ”は、男の子が女の子に対して感じる気持ちと、どこか似ている」と書いている。そんな「数学萌え」「理系萌え」こそが、本書の人気の秘密であろう。
『もしドラ』しかり、本来は難解なものをそうと感じさせず、エンターテインメントに昇華して面白く読ませるには、かなりの手腕が必要とされる。著者・結城氏の実力もさることながら、ピュアで気高い数学観も根底に流れており、それが読者の胸を打つのだと感じた。
(田島 薫/5時から作家塾(R))