安楽死に大きく関わる「家庭医」という存在

 オランダで安楽死法(正確には、要請による生命の終結及び自死の援助審査法)が成立したのは2001年。それまで30年以上にわたって議論されてきた。

 1971年に「私の終末期を助けて」と、半身まひの母親に頼まれた女医のポストマさんが、モルヒネを投与して死亡させ、大騒動になった。裁判では有罪を宣告されたが、執行猶予付きの禁固1週間。実質的には容認された。

 この事件を機に「議論を公開の場で」と世論が盛り上がる。1973年に「安楽死協会(正確には自由意志による生命の終結協会)」が設立され、王立医師会も認めて連携が図られる。1994年になると、最高裁が精神的苦痛を理由とする安楽死も認める。これによって、終末期という必要条件がはずれる。

 安楽死法が施行された2002年以降は、7つの条件を満たせば安楽死と認められ、罪に問われないことになった。

 それは、(1)本人が死を望んでいる、(2)家庭医が病状を正確に伝える、(3)家庭医でないもう一人の医師も承認する、(4)死後に検視官(医師)が問題がないか調べる、(5)死の経緯を検証委員会が調査――などである。

 2011年には、死者13万6000人のうち、安楽死は3695人で2.7%。翌年は、安楽死が4188人で3%に上った。それが、2016年には4%だから、次第に増えてきていることは確かだ。必要条件から分かるように、安楽死には医師の関わりが欠かせない。まず、日常的に接している家庭医。そして第2の医師、最後に検視官である。なかでも最初の家庭医の判断が最も重要である。

 オランダでは、全国民が自宅近くの地域の家庭医(診療所)に登録し、その家庭医からどのような症状でも診察を受ける。内科、外科、耳鼻科、皮膚科、小児科……と、歯科を除くすべての診療が同じ家庭医によって行われる。

 その家庭医には、家族ぐるみで登録していることが多く、医師は普段から家族の健康状態をしっかり把握している。患者の人生の歩みやライフスタイルを家庭医は熟知しており、その延長線上で安楽死が問われる。

 家庭医の紹介がないと大病院には受診できない。どの医療機関でも勝手に、自由に診察を受けられる日本のような「フリーアクセス」ではない。欧米や豪州ではオランダと同様な家庭医制度があり、日本がむしろ例外といえるだろう。

 当事者と家庭医との長年の信頼関係は、こうした医療制度が土台にあることで成り立っている。