根治薬開発が難航した理由

 治療薬の開発が難航した大きな要因は、発症のメカニズムが解明が遅れ、精密な検査指標(バイオマーカー)が存在しなかたためです。アルツハイマー病は、アルツハイマー博士が1906年に発見し、老人斑、神経原線維変化、脳萎縮という病変の特徴を指摘しました。老人斑はアミロイドβたんぱく質(以下、Aβ)の沈着、神経原線維変化はタウたんぱく質(以下、タウ)の蓄積によるものだとわかったのは80年代に入ってからです。

 その後、米国のアルツハイマー病の進行を早期から把握するためのバイオマーカー開発プロジェクト「ANDI」(Alzheimer's Disease Neuroimaging Initiative)と、米・ワシントン大学でスタートした常染色体優性遺伝性(家族性)アルツハイマー病を持つ家族を対象とした「DIAN」(Dominantly Inherited Alzheimer Network)研究により、発症の25~15年前からAβとタウの蓄積が始まっていることが判明。新薬開発に大きな影響を及ぼしました。

 12年にイーライリリーの抗Aβ抗体「ソラネズマブ」の治験が、ごく初期のステージにある人では統計学的に有意な有効性を示唆する結果を発表したことを受け、13年に日本の厚生労働省に当たるアメリカ国立衛生研究所(NIH)が、無症状ながらもAβやタウが脳に蓄積し始めている「プレクリニカルアルツハイマー」やMCI(軽度認知症)の人を対象とした発症前の「予防薬」開発を提案しました。

 これを受けて、製薬メーカーは一斉に、薬の開発目的を進行抑制から発症抑制へとシフトしました。アルツハイマー病の発症を5年遅らせれば、患者総数が半数になる試算があり、まずは全体の患者総数を減らす戦略が国家予算上も重要な方針となったようです。

アルツハイマー病発症の引き金とは?

 Aβは神経細胞の細胞膜にあるたんぱく質「APP」がβセクレターゼとγ(ガンマ)セクレターゼという酵素によりそれぞれ両端を切断されてできた破片です。通常、Aβは分解され、老廃物として脳脊髄液を通して排出されます。Aβが排出されず、2~30個のAβが結合して小さな凝縮体「Aβオリゴマー」になったり、凝集体を形成せずに高分子の線維状ポリマーを形成した「老人斑」になったりなります。

 1992年に英国のジョン・ハーディ博士は、「Aβの蓄積がアルツハイマー病の引き金となる」としたアミロイドカスケード仮説を提唱。以後、老人斑を標的とした新薬の開発が多数行われましたが、全て失敗に終わりました。02年に臨床治験が中止された初のAβワクチン「AN-1792」においては、老人班蓄積の除去に成功したものの、認知機能の低下は進行するという報告がありました。

 次に注目されたのが「Aβオリゴマー仮説」で、これは02年にハーバード大学のデニス・セルコー博士が提唱したものです。神経毒性を持つ「Aβオリゴマー」が神経細胞の死や脳の萎縮をもたらすとする考えで、現在アルツハイマー病の最も有力な病態メカニズムとして注目されています。