本稿が発表された1955年の日本産業界といえば、その翌年の『経済白書』で「もはや戦後ではない」と宣言されたように来るべき高度成長期に向けた胎動期であり、また助走期でもあった。

一方アメリカ産業界は、日本がその10数年後に迎えることとなるジレンマに直面していた。国際経済における覇権を手にしていながら、労働組合との折衝に疲弊し、企業資本主義は曲がり角を迎えていた。

このような時代の変わり目において、ドラッカーは経営者の基本原理を説く。すなわち、「道徳的目的」と「経済的目的」の同時実現である。時代は変われど、この普遍の理はいまなお経営者が向き合うべき課題である。

「経済人」と「道徳人」の両立

 1世代前のアメリカでは、マネジメントは次の2つを柱としていた。

 (1)設定された目的を達成するために、長期計画および体系的な組織を重視すること。

 (2)経営者の社会的および道徳的責任を常に認識すること。それは同時にスキルおよび業績水準の向上を必要とする。

 これら2つを同時に実行した場合の効果は、この国のマネジメントに関する理論と実践を1変させるものと考えられてきたが、多くの場合、2つの基本方針は別々に進められてきた。

 それぞれの方針を実践したのは、人種も言語も異なる人たちで、しかもその目的も違っていた。外部の者がこれら2つの方針をまったくの別物と考えたとしても、それは仕方のないことだった。

 2つの基本方針は、どちらも企業経営という共通する活動に関係していることは言うまでもない。ただし、1人の経営者によって同時に実行されるものである。したがって経営者は、9~10時までは実務上の意思決定を下す「経済人」として、10~11時まで多様な責任から解放された「道徳人」として行動するわけではないのだ。

 思慮深い経営者たちは、現代の経営の柱となるこれら2つを1つの経営課題として統合させる必要性を長い間感じてきた。年を追うごとにその必要性は高まってきている。

 人材マネジメント、そして倫理的かつ精神的な基本価値の認識、これらを長期計画に組み込まなければ、経営者に課せられた事業目標の達成は難しくなるだろう。そして企業の社会的あるいは道徳的ニーズを満たすために、合理的かつ体系的な長期事業計画がますます必要になっている。