ムラタ日記、久々に写真入りです。待望されていたごくごく少数の方、おまたせいたしました。

被災地のニーズと建築家のデザイン

 なぜ、学生街にはラーメン屋が集中しているのだろうか。暖簾は油で変色し、店頭の食品サンプルはホコリをかぶり、イスのシートには穴が開いている。「実は隠れた名店で、行列が途切れない店なんだろう」と思ったが、ランチタイムになってもほとんど人が入っていない。

 ただでさえ店舗の移り変わりが激しいラーメン激戦区において、この店が生き残っていける秘密は何なのか。そんなことを考えながら、今週は早稲田大学で開催されていた「日本建築学会」に2日間ほど参加した。

 ダイヤモンド社の人間がなぜ建築学会? と思われるかもしれない。自分でも思う。周りを見渡しても「○○設計」「××建築」といった名刺を持った専門家が集っている場所で、場違いな感は否めなかったが、震災がテーマということもあり、色々と考えさせられることがあった。

 災害に関する学者や医療関係者の話を聞くと、震災後の今、自分の仕事を通じて何をすれば良いのかと誰もが悩んでいるのではないかと感じていた。なかでも、建築家という職業の方は特にその葛藤が強いのだろうと。

 複合文化施設「せんだいメディアテーク」などを手掛けている著名な建築家、伊東豊雄さんの講演を聴講させていただいたときの話だ。

 震災以降、伊東さんも現地に赴き、ある仮設住宅の建築を請け負うことになった。被災された方に「どんな仮設住宅にしてほしいのか」と質問を行い、「薪のストーブが欲しい」「座って話せる縁側があれば」といったリクエストの結果を踏まえ、1カ月後、現地に建築模型を持っていったという。

 実際に使われた模型の写真がスライドに写し出されたとき、僕はとても驚いた。そこで披露された模型は、いたって普通の家。素人の目から見ても、どこにでもある、表現は悪いが「代わり映えしない家」にしか見えない。伊東さんご自身「なんでもない家の模型」と語っていた。

 これまでは、ひさしがない家、ガラス張りの建築物といった特徴的な作品を手掛けていて、今回も実際にそのようなスケッチも描いてみたそうだが、どうしてもそういったデザインのものを持っていくことができなかったそうだ。

「これまで自分が手掛けていた建築は何だったのだろうか? 建築家のための建築になっていたのではないか?」

 といった自問自答を続けていると語る伊東さんの姿勢、そこにプロフェッショナル精神を強く感じた。