彼は会社人間を自認していたが、息子さんの家出や不登校に直面することになった。その時に逃げずに息子さんに対応した。「自分が間違っていたのかもしれない」と考えて心理学を学び、産業カウンセラーの資格も取得した。

 そういう中で役職や肩書がなくても、助け合い愛してくれるのが家族であることに彼は気づいた。また面白いことに、その体験が退職した後の彼のセミナーや研修関係の仕事にもつながっている。それくらいの労力と気概がなければ、「家庭内管理職」レベルの人が変わるのは難しいということかもしれない。

妻が陥る「主人在宅ストレス症候群」

 今まで紹介したような家族が手を焼く場面は、多くの家庭で程度の差こそあれ存在しているのかもしれない。しかしそれが病気に至るようになれば大変だ。

 渡辺淳一氏が書いた『孤舟』 (集英社文庫) のなかで、定年退職者の主人公が図書館から借りてきた健康雑誌で「主人在宅ストレス症候群」という言葉を見つける場面がある。

 実際に私がネットで検索してみると、本当にその病名を書いたホームページが出てきた。心療内科医の黒川順夫氏は、「主人在宅ストレス症候群」は、主人在宅によってもたらされるストレスが主な原因となって主婦に発症するさまざまな疾患であると定義している。

 そこには、いくつかのカルテ(病状の経過や治療の内容)も紹介されている。

 例えば、58歳の主婦の患者の例でいうと、検査の結果では身体的にはまったく問題はなかったが、末梢神経過敏症、十二指腸潰瘍(心身症)、うつ状態と診断された。

 退職前は、朝、夫が出かけてしまえば、あとはもう自由で勝手気ままにしてよかったが、退職後は家にいるは、話しかけても口を開いてくれないは、おまけに毎度毎度食事を作らなければならなくなって、たまらない状態だった。

 黒川医師は、妻には外出して気分を発散するように指示をするとともに、夫にも、奥さんの話を聞いてあげてくださいと忠告した。

 アドバイスの効果もあってか、彼女の趣味である絵を描く会に出かけても夫は何も言わない。外出して趣味に興じていたら夫は怒るにちがいないと彼女は内心ひやひやだったのである。もちろん夫は怒ることはなかった。

 すると病状はみるみる改善していき、治療を初めて半年余りで症状はほとんど消失して、来院して10ヵ月後には十二指腸潰瘍は跡かたもなくなっていたそうだ。