上司の期待値を下げて
部下の実績を上げる「魔法」とは

 いずれも、ほとんどのビジネスパーソンが実感したことのあるはがゆさではないだろうか。そして、多くの方の意見を総合すると、意思尊重が損なわれて、何かを強制される時こそ、最も大きなストレスを感じさせているように思える。

 社員たちがこのようなストレス状況にあることを、上司を含むマネジメントメンバーと共有すると、真っ先に出てくる声が、「仕事なのだから、やって当たり前だ」「自分の好む仕事だけできると思う方がおかしい」「最近の若者は耐性がない」という見解だ。

 そこで、私は演習参加者に、上司が部下に対して持つパフォーマンスの期待値と、部下のパフォーマンス実績値を、比較してもらう。

 上司の部下へのパフォーマンス期待値を100とする。仕事はやって当たり前、好むと好まざるとにかかわらず仕事は遂行しなければならないので、期待値100の変更はせずに、上司は部下を一生懸命激励し指導する。こうした前提で、業務山積など上記の問題状況が部下に起こる。こうした環境下でのパフォーマンス実績値はおよそ60である。

 一方、業務山積状況を解決するための業務量の削減やスケジュールの変更、成果体感のためのコミュニケーション機会の創出、意思尊重のための目標やプロセスの修正など、つまり、上司が部下に対するパフォーマンス期待値を下げることを許容すると、部下のパフォーマンス実績値は90に跳ね上がる。ストレッサー軽減の成果が出てくるのだ。スケジュールを後ろ倒しにしたり、場合によっては目標を下方修正することで、上司の期待値は当初の100から、およそ80に下がる。

 上司の期待値を下げてストレッサー軽減への取り組みをすると、部下の実績値を押し上げる効果があるのだ。こうして上司の期待値を上回る実績値を部下が上げられれば、上司と部下の関係性も良好になる。これは、成果も上がり、関係性も改善される、いわば「魔法」のような効果を持つ取り組みである。

 これらはいずれも、限られた演習参加者の肌感覚に過ぎないが、肌感覚であるからこそ、そうした感覚を持ったチームにおける確からしい結果であると思える。パフォーマンス実績が60にとどまってしまうと、他ならぬ上司がそう実感しているのであれば、自分の期待値100に拘泥する理由は何もない。むしろ上司自身の期待値を80に下げて、部下のパフォーマンス実績90を取りに行く方がよほど良い。

 にもかかわらず自身の期待値100を押し付けることから逃れられない上司が多いのは、マネジメントの役割が、パフォーマンス向上ではなく、上司の言うことに従わせることに変質してしまっているからではないのか。上司の言うことに従わせることがマネジメントの目的になってしまった組織こそ、ストレッサーの温床と言わざるを得ない。強制の権化だからだ。